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第29話:漫画喫茶行きますか?

 ――窓の外に響く雨音。

 駅前のマンションで、霧島晴人はスマホの振動音に気づいた。

「LINE通知:甘坂るる」

『晴人くん、今日雨だけど、この前話してた漫画喫茶いける?夜だけど明日も予定大丈夫?』

 メッセージを開いた霧島は、少し考えた後、短く返信した。

『大丈夫です。何時に集合しますか?』

 すぐに返事が返ってくる。

『やった!じゃあ今日の深夜に集合!詳細はまた送るねー!』

 画面を見ながら、霧島は軽く笑みを浮かべた。

「……深夜に漫画喫茶ですか。」


 *


 ――雨が止む気配のない夜。

 駅近くにある漫画喫茶のネオンが、雨粒を受けた路面に反射し、静かな輝きを放っている。

 霧島が店に到着すると、入口付近に立っていたるるが手を振った。

「晴人くん、こっちこっち!」

 るるは薄手のパーカーにショートパンツ、足元にはスニーカーというカジュアルな服装だった。湿気を含んだ金髪がわずかに揺れ、その笑顔は雨の夜に一瞬の明るさを添えている。

「甘坂さん、こんばんは。」

「おつおつー!さ、早速入ろう!」

 店内に入ると、柔らかな照明が出迎えた。受付カウンターの奥には、仕切りで区切られた座席や、天井近くまで積み上げられた本棚が広がっている。

「わー、私も結構久しぶりかも!」 るるは興奮気味に店内を見回す。

 霧島は受付でナイトパックを選択しながら言った。

「甘坂さん、座席はどうしますか?個室かオープンスペース、それとも……。」

「ねえ、シアタールームってやつ気にならない?完全個室で映画見られるんだって!しかも喫煙可だよ!」

 霧島は軽く驚きながら頷いた。

「それは快適そうですね。シアタールームにしましょう。」

 入口のレジ横には小さな商品棚があり、様々なスナック菓子やアイスが並んでいた。

「お菓子も買っとこうよ!」

 るるが楽しげにスナック菓子を手に取り、霧島の方を振り返った。

「晴人くん、これ食べる?それとも甘いのがいい?」

「どちらでも構いませんよ。」

「じゃあこれとこれね!」

 彼女はポテトチップスとチョコレートを選び、会計を済ませた。

 受付を済ませた二人は、案内された部屋に入った。広めのリクライニングソファと大画面のモニターが設置されており、空調も心地よい温度に調整されている。

「すごーい!これ、めっちゃ贅沢じゃん!」

 るるはリクライニングソファに座りながら、大画面を見上げて感嘆の声を上げた。

 霧島は少し笑みをこぼしながら、灰皿を手に取り二人の間に置いた。

「確かに、この環境はなかなかないですね。」

 二人はお菓子をテーブルに並べ、飲み物を取りにドリンクバーへ向かった。

 炭酸飲料から温かいコーヒーまで多彩な選択肢が並び、るるはコップを片手に嬉しそうに選んでいた。

「何飲む?私はこれ、ピーチソーダ!」

「僕はアイスコーヒーにします。」

 飲み物を手に席へ戻ると、二人は映画を選び始めた。

「何見る?アクション系?それともコメディ?」

 るるがリモコンを操作しながら尋ねる。

「どうぞ、甘坂さんの好きなものを。」

「じゃあ、今日はアクションにしようかな!」

 選んだ映画がスクリーンに映し出されると、二人はリクライニングシートを倒し、煙草を手にリラックスした。

「晴人くん、ガラスの灰皿っていいよね。なんか懐かしい感じがする。」

「……確かに、雰囲気がありますね。」

 るるは軽く煙を吐き出しながら、スクリーンに目を向けた。

 映画が進むにつれて、迫力あるシーンにるるが声を上げる。

「やばい!めっちゃかっこいい!」

 霧島は少しだけ笑いながら、画面を見つめていた。

「派手ですね。でも、面白いです。」

 映画が終わると、るるは満足そうに伸びをしながら言った。

「最高だったね!煙草吸いながら見る映画、クセになりそう!」

「それは同意します。贅沢な時間でしたね。」

 次に二人は漫画コーナーへ足を運び、それぞれ好きなジャンルの本を手に取った。

 るるは少年少女漫画の棚で目を輝かせながら選び、霧島は静かにミステリー特集の棚を見ていた。

「これとか懐かしい!晴人くんも読む?」

「……タイトルだけは知っています。」

「じゃあ読んでみなよ!面白いから!」

 再び個室に戻ると、二人は選んだ漫画を読みながら時折感想を交わし、静かな時間を過ごした。

「ねえ、晴人くん。漫画喫茶って本当にいいね。煙草が吸えてこんなにリラックスできる場所、他にないかも。」

「確かに。雨の日には特に最適ですね。」

 二人はシアタールームで煙草を吸いながら、夜更けの静けさを味わっていた。

「次も雨の日に来たいね。」

 ガラスの灰皿に溜まった吸い殻を見て、るるが静かに笑いながら言うと、霧島は軽く頷いた。

「……その時はまた、別の映画でも見ましょう。」

 二人の間に流れる空気は穏やかで、心地よい満足感が漂っていた。

 ――深夜の漫画喫茶で過ごしたたわいない時間が、二人にとって特別な思い出となって刻まれた。


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