――その日、霧島晴人はいつものように駅前のゲームセンターに足を運んでいた。
空は厚い雲に覆われ、しとしとと降り続ける雨が街全体を包み込んでいる。
路面に映る街灯の光が水たまりを輝かせ、湿った空気が彼の髪に少しまとわりついていた。
手には缶コーヒーが握られ、淡々とした表情で慣れた足取りを見せる。
ゲーセンの入り口を横目に、彼はそのまま喫煙所の扉を押し開けた。
「……ふぅ。」
静まり返った喫煙所の中、霧島は煙草を取り出し、手際よく火を灯した。
灰皿に落ちた小さな火の粉が一瞬だけ輝き、静かな雨音とともに空間に溶け込んでいく。
その時、扉がゆっくりと開き、外の雨音と一緒に明るい声が飛び込んできた。
「あ、よかった。ここ喫煙所で合ってますよね?」
振り返った霧島は、一瞬驚いた顔を浮かべたが、すぐにその声の主が甘坂るるだと気づいた。
「……甘坂さん、なにふざけてるんですか?」
「えへへ、ちょっと思い出してね!懐かしいでしょ?」
るるは軽く笑いながら、手元の煙草に火をつけた。
「……まあ、そんな感じのこともありましたね。」
霧島は少しだけ苦笑しながら煙を吐き出した。
「でも、あれからもうすぐ1年なんですね。」
「そうだねー!晴人くんとこうして会うようになってから、もうそんなに経つんだ。」
るるは灰皿に目をやりながら、小さく息を吐いた。
「初めて会ったときも雨だったよね?あのとき晴人くん、なんかすごく真面目そうで怖かったなー。」
「……それ、言われてましたね。よく覚えてます。」
「そりゃ覚えてるよー!だって、晴人くんって本当は優しい人なのに、あの時はなんかガチガチだったもん。」
るるがクスクスと笑うと、霧島もつられて小さく微笑んだ。
「甘坂さんだって、あのときはずいぶん自由な印象でしたよ。」
「えー、自由ってどんなイメージ?」
「……そうですね、初対面でも全然気にせず突っ込んでくる感じ。」
「それ、貶してる?」
「……褒めてます。」
るるは肩をすくめながら軽く煙を吐き出した。
雨音が静かに響く中、二人はしばらく言葉を交わさずに煙草を吸った。
ふと、るるが静かに口を開いた。
「……でもさ、1年ってあっという間だね。」
「そうですね。でも、いろいろありましたよ。」
霧島のその言葉に、るるは少しだけ真面目な表情になった。
「……晴人くんとこうして喫煙所で話す時間、私にとっては結構大事だったんだよね。」
「それは、どういう意味ですか?」
「うーん、なんていうか、こういう普通の時間が一番落ち着くっていうかさ。」
「……なるほど。」
霧島は静かに頷き、少しだけ笑みを浮かべた。
雨の匂いと煙が静かに混ざり合い、喫煙所の中を満たしていく。
「また来年も、こうして話してるんですかね。」
「そうじゃない?晴人くんがここにいる限り、私はきっと来るよ。」
「……それなら、楽しみにしておきます。」
るるは満足げに微笑み、最後の一口を吸い終えると煙草を灰皿に押し付けた。
――雨の日の喫煙所で交わされるたわいない話は、静かに、でも確かに二人の時間を紡いでいた。