ーー四月の終わり、夕暮れの空は穏やかな黄金色に染まり、街を優しく照らしていた。
駅前のゲームセンターに併設された喫煙所では、るるが先に到着して窓の外を眺めていた。
手元には開いた煙草の箱が置かれ、視線はぼんやりと通りを行き交う人々に向けられている。夕暮れの穏やかな空気が彼女の髪に触れるように流れていた。
「……遅いなー。」
独り言のように呟いたその時、喫煙所のドアが開き、霧島晴人が姿を現した。いつも通り缶コーヒーを片手に持ち、少し肩をすくめながら中に入ってきた。
「甘坂さん、こんにちは。」
「遅いよー、晴人くん。」
るるは嬉しそうに笑いながら、隣の席をポンポンと叩いた。
「……いや、特に約束してたわけじゃないですよね。」
「そうだけど、今日は来るかなーって思ってたの!」
霧島は少し呆れたように微笑みながら、隣の席に腰を下ろした。るるが慣れた手つきで煙草を取り出し、火をつける。細い煙が、空気に溶けるようにゆらめきながら立ち昇った。
「ねえ、晴人くんって花粉症じゃないの?」
「花粉症ですか?いえ、特にはないですね。」
「いいなあ!私なんて毎年くしゃみと鼻水で大変だよ。」
るるはため息をつきながら煙をふっと吐き出した。
「薬とか飲んでるんですか?」
「もちろん飲んでるよ。でも完璧には効かなくてさー。花粉症ってほんとつらいっ!」
霧島は少し考え込みながら頷いた。
「春が好きって言ってましたけど、なかなか大変そうですね。」
「そうなの!でも、春の景色とか雰囲気はやっぱり好きなんだよね。」
「確かに、春はいい季節ですからね。」
二人はしばし沈黙しながら煙をくゆらせ、外の景色を眺めた。
「そういえば、もうすぐゴールデンウィークだけど、晴人くんはどこか行きたい場所とかあるの?」
「特に考えてませんね。静かな場所でのんびりしたいくらいです。」
「それじゃつまんないじゃん!私はどこか人が多い遊園地とか行きたいな。」
「それはまた真逆ですね。」
二人はお互いに全く噛み合わない提案を出し合いながら、どこか楽しげに笑い合った。
「晴人くん、次の連休にどこか一緒に行ってみるのはどう?」
霧島は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに小さく微笑んだ。
「……予定があれば、考えてみます。」
「なんかそれ、断られてる感じがするんだけど?」
るるは頬を膨らませて抗議するような顔をし、霧島は思わず小さく笑った。
「違いますよ。ただ、せっかくなら甘坂さんが行きたい場所を優先したいと思っただけです。」
「それならいいけど!じゃあ、行き先はお楽しみにしとくね。」
るるは満足げに笑い、立ち上る煙を指で軽く弾くように揺らした。
窓際に置かれた灰皿には、薄い煙草の灰が静かに積もり、周囲に漂う微かな煙の香りが喫煙所特有の空気を演出していた。
その灰皿越しに二人の会話が心地よいリズムで続いていく。
――駅前のゲームセンターの喫煙所には、今日も二人のたわいない話が穏やかなひとときとして刻まれていた。