ーー三月の柔らかな日差しが街を包む午後、駅前のゲームセンターに併設された喫煙所では、霧島晴人が今日は珍しく、ペットボトルのお茶を握りしめている。
ペットボトルの冷たさが手に心地よく、軽く汗ばむ手のひらを冷やしてくれた。
扉が開き、落ち着いた足音と共に甘坂るるが現れた。るるはいつもと少し変わったスタイルだった。
赤のニットセーターに黒のプリーツスカート、足元は黒いショートブーツを合わせている。
ブーツが春の淡い光を受けてほのかに艶めき、彼女の明るい笑顔と対照的に大人びた印象を醸し出していた。
「晴人くん、こんにちはー!」
彼女が小さく手を振りながら近づいてくると、霧島は軽く頷きながら答えた。
「……こんにちは、甘坂さん。」
「ねえねえ、晴人くんってカードゲームとかやったことある?」
唐突な質問に、霧島は一瞬考え込んだ。
「カードゲーム……ですか。」
「そう!ポケカとか遊戯王とかさ。やってた?」
るるは楽しそうに目を輝かせながら話を続けた。その仕草に、霧島は少しだけ微笑みながら答えた。
「昔、少しだけ遊戯王をやっていました。正直、そこまで深くはありませんでしたが。」
「へえー、じゃあエクシーズとかシンクロとか、分かる感じ?」
「……シンクロまでは何とか。ただ、その後はついていけなくなりました。」
霧島が淡々と答えると、るるは「わかるわかる!」と元気よく頷いた。
「私も途中で追いきれなくなっちゃったけど、あの独特の雰囲気って今でも好きなんだよね。」
「独特の雰囲気?」
「うん。カードゲームショップの匂いとかさ。なんていうか、カードのインクの香りっていうか、あの独特な空気感。」
るるは懐かしそうに目を細めながら煙草を取り出した。その指先はいつもより落ち着いていて、彼女自身がその記憶に浸っているようだった。
「晴人くん、最近のレアカードの値段とかって知ってる?」
「少しだけ。レアカードが高額で取引されるとか、そういう話は聞いたことがあります。」
「そうそう!あれってほんとにびっくりするよね。一枚で何十万円とか!」
るるは大げさに両手を広げながら笑い、霧島もそれにつられて口元を緩めた。
「……確かに高額ですね。ただ、そこまで熱中する人たちの情熱には感心します。」
「そうだよね。でも私は、単純にデッキを組んで対戦するのが楽しかったなー。」
彼女の声が少しだけ弾む。その楽しげな様子に、霧島は静かに耳を傾けていた。
「じゃあ、今はもうやってないんですか?」
「うん、たまに興味は湧くけど、今は見るだけかな。でも、晴人くんがやるなら、また始めてもいいかも!」
その言葉に、霧島は少しだけ目を細めて答えた。
「……それは面白そうですね。ただ、甘坂さんには勝てる気がしません。」
「ふふん、そうだね!私、結構強いからね!」
二人はふと顔を見合わせ、同時に笑みをこぼした。
喫煙所には、軽やかに笑い声が響き、春の日差しの下で二人の会話は続いていた。
――駅前のゲームセンターの喫煙所には、今日も二人のたわいない話が軽やかに広がっていった。