――駅前のゲームセンターに併設された喫煙所。
青空が広がり、春の光がやわらかに差し込んでいた。
周囲には春を待ちわびた小さな草花が芽吹き始め、空気にはほのかな暖かさが漂っていた。
霧島晴人は、缶コーヒーを片手に喫煙所の隅で立ち尽くしていた。飲み口から漂う微かな苦味の香りに落ち着きを覚えつつ、煙草を一本取り出して手際よく火を灯す。彼の仕草はいつも通り、どこか機械的な正確さを感じさせた。
そんな彼の耳に、軽快な足音とともに明るい声が響いた。
「晴人くん、こんにちはー!」
振り向くと、甘坂るるが元気よく喫煙所に飛び込んできた。今日は薄手のカーキ色のジャケットに柔らかい素材のワイドパンツ、そしてスニーカーを合わせたスポーティなスタイルだった。金髪のツインテールが軽やかに揺れ、彼女の明るい笑顔が春の日差しに映えている。
「……甘坂さん、こんにちは。」
霧島がいつものように淡々と答えると、るるは肩をすくめて煙草を取り出しながら、彼の隣に立った。
「ねえ、晴人くんさ、もうちょっと呼び方とか変えてみない? 私、前にも言ったけど、"るるでいいよ"って。」
「……それは少し……。」
霧島が曖昧に言葉を濁すと、るるは少しジト目で彼を見つめた。
「だってさ、いつまでたっても"甘坂さん"って、よそよそしくない?」
「いや、なんというか、呼び慣れてしまっているので……。」
「ふーん、でも私はずっと"晴人くん"って呼んでるよ? 慣れる慣れないの問題じゃなくない?」
るるの問い詰めるような口調に、霧島は困ったように視線をそらした。彼は煙草を軽く回しながら、静かに答えた。
「……じゃあ、"るるさん"でどうでしょうか。」
その言葉に、るるは思わず吹き出した。
「るるさんって! なんか変じゃない? かえって距離感じるよー。」
「そうですか……。」
霧島は淡々とした表情のままだったが、少しだけ頬が赤く染まっているのを見て、るるはさらに笑みを深めた。
「まあ、無理に変える必要はないけどさ。でも、ちょっとくらいフランクにしてもいいんじゃない?」
「……努力してみます。」
霧島が不器用にそう答えると、るるは満足そうに頷きながら煙草に火を灯した。
「よし、それでよし! 晴人くんが言いやすい方で呼んでくれたら、それでいいから。」
二人はしばらく無言で煙草を吸いながら、喫煙所に漂う静けさを共有した。時折、るるが口元を緩めて霧島をチラリと見るたびに、彼はどこか気まずそうに目をそらした。
「それにしても、晴人くんってほんとに真面目だよね。」
「そうでしょうか?」
「うん。でも、そんなとこもいいと思うよ。」
るるの何気ない一言に、霧島は少し驚いたように彼女を見つめた。
「……ありがとうございます。」
その短い返事に、るるはクスッと笑った。
「じゃあ、次会うときまでに、もうちょっとフレンドリーになってるといいなー。」
「……努力してみます。」
――駅前のゲームセンターの喫煙所には、今日も二人のたわいない話が春の穏やかな風に溶け込むように、ゆるやかに続いていった。