――駅前のゲームセンターに併設された喫煙所。
三月の穏やかな午後、薄い日差しが柔らかく差し込んでいた。
周囲の木々はまだ冬の残り香を感じさせる裸の枝を広げているが、枝先には小さな蕾が顔を出していた。
霧島晴人はいつものように缶コーヒーを片手に喫煙所の片隅に立ち、静かに煙草をくゆらせていた。
その隣には、金髪のツインテールを揺らしながら甘坂るるが足早にやってきた。
「やっほ、晴人くん!」
軽やかに挨拶をするるるは、今日は白いブラウスに薄手のニット、チェック柄のフレアスカートという春らしい装いだった。動くたびに揺れるツインテールが、彼女の明るさをさらに引き立てている。
「……こんにちは、甘坂さん。」
霧島は少しだけ口元を緩めて挨拶を返した。
るるは手袋を外しながら煙草を取り出し、ライターを手にする。しかし火をつける前に、ふと思い出したように言葉を投げかけた。
「ねえ、晴人くん。恋愛とかしてる?」
唐突な質問に、霧島は一瞬固まった。
「……恋愛ですか?」
「そう。なんか最近、友達がさ、彼氏ができたとか何とかで盛り上がってて。そういう話題が多いと、自分のことも考えちゃうじゃん?」
るるは軽く笑いながら煙草に火をつけた。その表情はどこか無邪気で、霧島の困惑を楽しんでいるようにも見えた。
「……俺には縁のない話ですね。」
「えー、そんなことないでしょ?晴人くん、モテそうなのに。」
「それはないですよ。」
霧島は淡々と答えながら煙を吐き出した。その姿に、るるは少し不満げに眉を寄せた。
「なんか、つまんない答えだなあ。じゃあ、今までに彼女とかいたことないの?」
「……まあ、一度くらいは。」
「えっ、ほんとに?」
るるは驚いたように身を乗り出した。その動きでツインテールがふわりと揺れ、霧島は少しだけ目をそらした。
「じゃあ、今は?」
「いません。」
簡潔に答える霧島に、るるは少しだけ微笑んだ。そして自分も壁にもたれかかりながらゆっくりと煙草を吸い込んだあと、ため息のように煙を吐き出した。
「私も、今はいないんだよね。」
その言葉に、霧島は思わず彼女の横顔をちらりと見た。るるの表情はどこか遠くを見つめているようで、普段の元気な彼女とは少し違った。
「……そうなんですか。」
「うん。まあ、仕事とか趣味で忙しいから、特に気にしてないけど。でも、たまにはいいかなって思ったりもするんだよね。」
るるは小さく肩をすくめた。その仕草に、霧島は少し考え込むように缶コーヒーを握り直した。
「甘坂さんなら、いつでも相手は見つかるんじゃないですか?」
「そんな簡単じゃないよ。晴人くんも分かるでしょ?」
彼女の問いかけに、霧島は少しだけ苦笑いを浮かべた。
「……まあ、確かに。」
ふたりはしばらく沈黙したまま、細い糸のように、空へ溶け込んでいく煙をながめていた。外からは通りを行き交う人々の声と、春の風が窓を揺らす音だけが聞こえていた。
「でもさ、今はこれでいいかなって思うんだよね。」
るるがふと口を開いた。
「これって?」
「こうやって、晴人くんとたわいない話してるの。何にも縛られずに、ただ話して笑ってる時間が、一番落ち着く。」
霧島はその言葉に少し驚きながらも、静かに頷いた。
「……そうですね。俺も、甘坂さんとこうして話してる時間が好きです。」
るるはその答えに、心から嬉しそうな笑顔を見せた。
「じゃあ、これで十分だね。」
静かな空気の中でほのかな苦みが漂い、煙が喉奥を抜けていく、それぞれの気持ちに思いを巡らせていた。
――駅前のゲームセンターの喫煙所には、甘くて酸っぱくて心が温かくなる、たわいない話が柔らかく流れていった。