――クリスマスが近づいた駅前のゲームセンターに併設された喫煙所。
街灯が雪を優しく照らし、その光は小さな結晶を宝石のように輝かせている。
冷たい空気が吐く息を白く染め、静かな夜にクリスマスソングが微かに響いていた。
霧島晴人は煙草の箱をポケットに入れながら、扉を押し開けた。
「……ん?」
喫煙所には見慣れない姿があった。灰皿の前で煙草を手にしているのは、赤いサンタ帽に黒いタイツ、そして短めのスカート――。
いや、これは……。
「……サンタクロース?」
独り言のように呟くと、赤いジャンパーを羽織ったその女性が振り返った。
髪はストレートに下ろされ、サンタ帽が軽く揺れている。口元には煙草があり、ふっと吐き出された煙が冬の空気に紛れていった。
「……ねえ、晴人くん? あんま見ないでよね。」
「……甘坂さん?」
聞き慣れた声に霧島は一瞬固まり、目を細めて彼女を見た。
「だから、見ないでってば! 恥ずかしいんだから!」
「いえ、見ない方が無理がありますよ……。それ、どうしたんですか?」
「これ? サンタの格好だよ。」
「……はい。なんで、そんな格好を?」
霧島の冷静な問いに、るるは頬を赤らめながら視線を逸らした。
「ケーキ屋さんのバイト! 今休憩中なの。友達に頼まれてさ、一緒にやってって。」
「……ケーキ屋のバイト。」
「そう! クリスマスシーズン限定だけどね。」
霧島は少しだけ苦笑しながら、彼女の格好をもう一度眺めた。
「……よく引き受けましたね。」
「だって断りづらかったんだもん! でも、なんか面白そうだったしさ。」
「面白そう……ですか。」
「だって、こういうの一回やってみたくならない? 普段できないことだし!」
「なるほど……。」
霧島は軽く息を吐きながら煙草に火をつけた。白い煙がゆっくりと立ち上る。
「でもさ、この格好で喫煙所にいるのって、さすがに変かな?」
「……少し目立ちますね。」
「やっぱり? でもさ、足が寒すぎて死にそうなんだけど!」
るるは小刻みに震えながら、軽くジャンプをして体を温めようとしている。その様子に霧島は小さく笑った。
「だから大きなジャンパー着てるけど、スカートは短いままですからね。」
「うるさいなー! この格好でどうしろっていうの!」
「……似合っていると思いますが。」
「なっ……!」
るるは顔をさらに赤くして霧島を指差した。
「絶対バカにしてる! 晴人くん、今笑ったでしょ!」
「笑ってません。本当に似合ってますよ。」
「絶対嘘だ! もう、こんなの絶対似合わないって自分でも思ってるし!」
「そんなことはないと思いますが……。」
霧島は淡々と煙を吐き出しながら答えた。
「……それにしても、こんな頼み、よく聞きますね。」
「そういうとこ、私優しいでしょ?」
「……どうでしょう。」
「ちょっと! 晴人くん、そこは褒めるとこでしょ!」
るるは頬を膨らませながら煙草を灰皿に押し付けた。
「ねえ、感想は?」
「……感想ですか?」
「そう! はっきり言ってよ!」
霧島は少し考えた後、静かに口を開いた。
「さっきも言いましたけど、似合ってますよ。人の話聞いてる余裕もないんですか?」
「……は?」
「だから……普通に似合っています。可愛いですよ。」
るるは耳まで真っ赤にしながら、霧島を横目で見た。
「な、なんかそう言われると恥ずかしいんだけど……。」
「自分から聞いたんじゃないですか。」
「だって、そんな率直に言うと思わないじゃん!」
るるはぷいっと顔を背けながら、小さくため息をついた。
「……まあいいや。次会う時はいつもの私だから。」
「そうですか。」
「でも今日のことは、忘れてくれる?」
「……善処します。」
「なにそれ!」
るるは呆れたように笑いながら、霧島を軽く小突いた。
「じゃあ、戻るね。これ以上休憩したら怒られそうだし!」
「お疲れ様です。」
「ほんと、忘れるんだよ! 晴人くん!」
るるはそう言いながら喫煙所を後にした。
――クリスマス前の喫煙所には、サンタ姿の笑顔と白い息が交わり、たわいない話がふわりと雪のように積もっていた。