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第11話:インフルエンサーなんですか?

 ――駅前のゲームセンターに併設された喫煙所。冷たい夜風が鉄の手すりを凍らせ、足元の霜が淡い光を反射している。

 吐く息が白くなる中、甘坂るるはキャスターの煙草を箱から取り出し、軽く息を吹きかけた後、ライターを当てた。

 小さな火花がはじけ、薄暗い喫煙所の中で彼女の口元がかすかに照らされた。香ばしい香りが冬の冷たい空気に溶け込んでいく。

 るるは寒さを堪えるように肩をすくめながら、ゆっくりと煙を吐き出す。その煙は冬の冷気に絡まり、すぐに消えていった。

「……やっぱり冬は辛いなあ。」

 その独り言に応えるように、喫煙所の扉が音を立てて開いた。

「……甘坂さん、もう来ていたんですね。」

「晴人くん! やっと来た!」

 霧島晴人がひんやりとした風とともに姿を現した。手にはいつものマルボロの箱が握られている。

「最近、先にいることが多いですね。」

「そう? 寒いからこそ吸いたい時ってあるじゃん。」

 るるはニッと笑いながら煙草を持ち上げて見せた。

「なるほど……。」

 霧島は静かに頷き、煙草を取り出して火をつける。煙が細く立ち上り、冬の空気に混じり合った。

「でさ、晴人くん。」

「……なんですか?」

「SNSってやってる?」

「SNS……ですか?」

「そうそう。インスタとかツイッターとか。」

 霧島は少し考え込み、首を横に振った。

「……一応アカウントはありますけど、ほとんど見てないですね。」

「うわー、晴人くんらしい。真面目に使ってなさそうだもん。」

「必要がないので。」

 るるは呆れたように笑いながら、スマホの画面を霧島の方へ向けた。

「じゃあさ、これ見てよ。」

「……なんですか?」

 画面に映し出されているのは、フォロワー数が10.2万人と表示されたSNSのプロフィールページだった。

「これ、私のアカウント! フォロワー10万人超えちゃった♪」

 霧島は一瞬、動きを止めた。

「……10万人?」

「そう! すごくない? 私、こう見えて“るるち”って名前でちょっとしたインフルエンサーなんだよね。でも、自分でインフルエンサーって言うのはなんか嫌なんだけどね。ただ、誰かとゲームしたり、楽しいことを共有するのが好きだからやってるだけ。」

「るるち……?」

「うん! みんなからそう呼ばれてるの。」

 霧島は少し眉をひそめながら、スマホの画面を見つめる。

「……そんなにフォロワーがいるんですね。」

「ふふん、驚いた?」

「……少し、意外でした。」

「失礼だなー。でも、なんだかんだで頑張ってるんだよ。ゲーム実況とか配信やってるの。」

「ゲーム実況……ですか?」

「そう! 最近は特にパズルゲームとか、あとはFPSの実況が多いかな。」

 るるは嬉しそうに笑いながら、自分の活動について語り始める。

「ゲームしながら雑談とかしてると、意外とリスナーさんと盛り上がるんだよね。コメント欄で質問が飛んできたりさ。」

「なるほど……。」

「ちなみに、晴人くんは私の配信見たことない?」

「……ないですね。」

「えー、ひどい! 10万人も見てくれてるのに、晴人くんは見てないなんて!」

「……すみません。」

 霧島は淡々と謝りつつ、少しだけ視線をそらした。るるはそんな彼の様子にクスクスと笑う。

「まあ、今度暇な時に見てよ。ちゃんと面白いから!」

「……わかりました。機会があれば。」

「あとね、実況の途中で雑談するのが楽しいんだよね。」

「雑談……ですか。」

「うん。視聴者さんの悩み相談に乗ったり、日常のこと話したりするんだよ。あとは、喫煙者トークとか。」

「そんな話まで?」

「そうそう! だって、私がタバコ吸うの知ってるリスナーさんが多いからさ。意外と共感してくれる人がいるんだよね。」

 霧島は少し驚きながら、るるの言葉に耳を傾ける。

「……意外と、面白そうですね。」

「でしょ? 晴人くんは、配信始めたらいいのに。」

「……僕には無理ですね。」

「なんで?」

「話すのが得意じゃないので。」

「えー、でも晴人くんの真面目な感じ、意外と需要あるかもよ?」

 るるは軽く冗談交じりに言いながら、霧島の方を見つめる。霧島は少しだけ苦笑し、煙を吐き出した。

「……僕はリスナーとして見ている方が向いていますね。」

「じゃあ、今度一緒にゲーム実況する? 私が喋るから、晴人くんは隣でゲームしてればいいよ!」

「……遠慮しておきます。」

「なんでー! 絶対面白いって!」

 るるは笑いながら肩をすくめ、煙草を灰皿に押し付けた。

「まあいいや。とにかく、私が“るるち”って名前で頑張ってること、ちゃんと覚えておいてね!」

「……わかりました。」

 霧島は淡々と返しながらも、どこか楽しそうに小さく微笑んだ。

 ――冬の夜、喫煙所には白い煙と二人のたわいない話が漂い、冷たい空気にわずかな温かみを添えていた。

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