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第9話:店名ってなんですか?

 ――駅前のゲームセンターに併設された喫煙所。

 冬の冷たい空気が頬を刺し、吐く息が白く霞む季節。

 路地裏に積もった雪が足元で小さく音を立てる中、一人の女性がじっと煙草を手にしていた。

 甘坂るるはキャスターの煙草を箱から取り出すと、ゆっくりと指先で撫でるように整え、慎重に火を灯した。

 燃え始めた葉の香りがほんのり広がり、煙が静かに舞い上がった。冬の空気に溶けていくそれを見つめながら、るるはふっと小さくため息をついた。

「……寒っ。」

 その時、喫煙所の扉が開き、霧島晴人がひんやりとした風とともに姿を現した。

「……甘坂さん、早いですね。」

「おー、晴人くん。やっと来た!」

 るるは手にした煙草を軽く振りながら微笑んだ。

「こんな寒いのに、先に来てるなんて珍しいですね。」

「なんか早く吸いたい気分だったんだよね。」

 霧島は静かに頷きながら、煙草を取り出し、慎重に火をつけた。白い煙がゆっくりと吐き出され、冬の空気に紛れていく。

「でさ、晴人くん。」

「……なんですか?」

「このゲーセンの店名ってなんだっけ?」

 霧島は少し眉を上げながら彼女を見た。

「……店名ですか。」

「そう! だってこんなに通ってるのに、私、一回も気にしたことないんだよね。」

「言われてみれば、僕も考えたことありませんね。」

 るるは笑いながら煙を吐き出す。

「晴人くん、そういうとこ私と似てるよね。なんか気にしないというか。」

「……必要がないと思っていただけですが。」

「いやいや、それが問題なんだってば! 名前も知らずに通うなんて、ちょっと失礼じゃない?」

 るるは腕を組んで大袈裟に頷きながら、ふと何かを思い出したように言った。

「あ! 入口の看板に書いてないかな?」

「入口ですか。」

「そう! 晴人くん、見たことない?」

 霧島は少し考え込む。

「……いつも真っ直ぐ喫煙所に来るので、気にしたことありませんね。」

「私も!」

 るるはおかしそうに笑いながら煙草を灰皿に押し付けた。

「こんなに通ってるのに二人とも見てないって、ちょっと笑えるよね。」

「そういうものではないですか? 案外、身近なものほど見落とすことがあります。」

「おっ、晴人くん、なんか深いこと言うじゃん。」

 るるはクスッと笑いながら、次の煙草を取り出した。

「でもさ、気になることはスッキリさせたくならない?」

「……まあ、気にはなりますね。」

「だよね! よし、次回絶対にチェックしよう!」

 るるは得意げに頷きながら、灰皿に煙草を押し付けた。

「そういえば、晴人くんはいつからこのゲーセン通ってるの?」

「……二、三年くらい前ですかね。」

「へえー、結構前からなんだ。」

「時間がある時にふらっと寄るだけですけど。」

「そっか。私は引っ越してきた時に晴人くんとここで初めて会ったんだよね。」

「もう半年も経ちますね。」

「うん。でもさ、こういう場所って不思議と落ち着くよね。」

 るるは微笑みながら霧島の顔を見つめた。

「晴人くんもそうでしょ?」

「……まあ、そうですね。」

 霧島は静かに頷きながら、もう一口煙草を吸い込む。

「ここは静かで、居心地が良いですから。」

「でしょ! なんか時間がゆっくり流れてる感じがするんだよね。」

 るるは嬉しそうに笑いながら立ち上がり、軽く伸びをした。

「じゃあ、次回までに絶対チェックするからね!」

「……お任せします。」

 霧島は小さくため息をつきながらも、どこか楽しそうに微笑んだ。

 ――冬の喫煙所には、白い煙と二人の穏やかでたわいない話が漂い、季節の寒さを少しだけ和らげていた。

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