――駅前のゲームセンターに併設された喫煙所。
冬の冷たい空気が頬を刺し、吐く息が白く霞む季節。
路地裏に積もった雪が足元で小さく音を立てる中、一人の女性がじっと煙草を手にしていた。
甘坂るるはキャスターの煙草を箱から取り出すと、ゆっくりと指先で撫でるように整え、慎重に火を灯した。
燃え始めた葉の香りがほんのり広がり、煙が静かに舞い上がった。冬の空気に溶けていくそれを見つめながら、るるはふっと小さくため息をついた。
「……寒っ。」
その時、喫煙所の扉が開き、霧島晴人がひんやりとした風とともに姿を現した。
「……甘坂さん、早いですね。」
「おー、晴人くん。やっと来た!」
るるは手にした煙草を軽く振りながら微笑んだ。
「こんな寒いのに、先に来てるなんて珍しいですね。」
「なんか早く吸いたい気分だったんだよね。」
霧島は静かに頷きながら、煙草を取り出し、慎重に火をつけた。白い煙がゆっくりと吐き出され、冬の空気に紛れていく。
「でさ、晴人くん。」
「……なんですか?」
「このゲーセンの店名ってなんだっけ?」
霧島は少し眉を上げながら彼女を見た。
「……店名ですか。」
「そう! だってこんなに通ってるのに、私、一回も気にしたことないんだよね。」
「言われてみれば、僕も考えたことありませんね。」
るるは笑いながら煙を吐き出す。
「晴人くん、そういうとこ私と似てるよね。なんか気にしないというか。」
「……必要がないと思っていただけですが。」
「いやいや、それが問題なんだってば! 名前も知らずに通うなんて、ちょっと失礼じゃない?」
るるは腕を組んで大袈裟に頷きながら、ふと何かを思い出したように言った。
「あ! 入口の看板に書いてないかな?」
「入口ですか。」
「そう! 晴人くん、見たことない?」
霧島は少し考え込む。
「……いつも真っ直ぐ喫煙所に来るので、気にしたことありませんね。」
「私も!」
るるはおかしそうに笑いながら煙草を灰皿に押し付けた。
「こんなに通ってるのに二人とも見てないって、ちょっと笑えるよね。」
「そういうものではないですか? 案外、身近なものほど見落とすことがあります。」
「おっ、晴人くん、なんか深いこと言うじゃん。」
るるはクスッと笑いながら、次の煙草を取り出した。
「でもさ、気になることはスッキリさせたくならない?」
「……まあ、気にはなりますね。」
「だよね! よし、次回絶対にチェックしよう!」
るるは得意げに頷きながら、灰皿に煙草を押し付けた。
「そういえば、晴人くんはいつからこのゲーセン通ってるの?」
「……二、三年くらい前ですかね。」
「へえー、結構前からなんだ。」
「時間がある時にふらっと寄るだけですけど。」
「そっか。私は引っ越してきた時に晴人くんとここで初めて会ったんだよね。」
「もう半年も経ちますね。」
「うん。でもさ、こういう場所って不思議と落ち着くよね。」
るるは微笑みながら霧島の顔を見つめた。
「晴人くんもそうでしょ?」
「……まあ、そうですね。」
霧島は静かに頷きながら、もう一口煙草を吸い込む。
「ここは静かで、居心地が良いですから。」
「でしょ! なんか時間がゆっくり流れてる感じがするんだよね。」
るるは嬉しそうに笑いながら立ち上がり、軽く伸びをした。
「じゃあ、次回までに絶対チェックするからね!」
「……お任せします。」
霧島は小さくため息をつきながらも、どこか楽しそうに微笑んだ。
――冬の喫煙所には、白い煙と二人の穏やかでたわいない話が漂い、季節の寒さを少しだけ和らげていた。