――駅前のゲームセンターにある喫煙所。秋の風が低く舞い上がり、落ち葉を軽やかに踊らせながら足元を通り過ぎていく。
冷たさを含む空気は、夏から秋への移り変わりを感じさせた。
霧島晴人は煙草を取り出すと、その端を指先で軽く撫で、慎重に火を灯す。
炎がじわりと葉を焦がし、濃密な香りがゆっくりと立ち上る。吐き出された白い煙は風に紛れて散っていった。
「……ふう。」
静けさを破るように、明るい声が響く。
「晴人くん! はろー。」
振り向くと、甘坂るるが落ち葉を踏みしめながら、軽快な足取りで近づいてきた。カーキ色のジャケットにデニムスカート、茶色のショートブーツという装いが秋の風景に馴染んでいる。
「……甘坂さん、こんにちは。」
「ねえ、今日も真面目に吸ってるんだねー。」
「習慣ですから。」
淡々と答える霧島に、るるはクスッと笑いながら隣に腰を下ろした。手にはいつものキャスターの箱が握られている。
「ねえ、晴人くん。ちょっと相談なんだけどさ。」
「……なんですか?」
「タバコの銘柄、変えようかなーって思ってるんだけど、どう思う?」
霧島は少し驚いた顔でるるを見た。
「……甘坂さんがですか?」
「そう! キャスターは甘くて好きなんだけど、たまには気分転換に違うのもいいかなーって。」
「珍しいですね。」
「でしょ? 最近ちょっと飽きてきたんだよねー。晴人くんって、ずっとマルボロメンソだよね?」
「……はい。特に不満はないので。」
「それってさ、真面目っていうか、頑固っていうか……。」
「愛着があるんですよ。」
霧島は静かに答えながら、マルボロの箱を指先で軽く弾いた。
「……僕にとって煙草は、落ち着くためのものなので。変える理由がないんです。」
「うわー、なんか大人って感じ。」
るるは少し大袈裟にため息をつきながら、霧島の煙草を眺めた。
「ねえ、晴人くん。おすすめの銘柄ってある? なんかこう、大人っぽいやつ。」
「大人っぽい……ですか。」
霧島は少し考え込み、煙草を口にくわえたまま答えた。
「それなら、アメリカンスピリットはどうですか? オーガニックな葉を使っていて、一本の持ちが非常に長いんです。」
「アメスピかー。聞いたことあるけど、じっくり吸うタイプだよね?」
「そうですね。他の銘柄より時間がかかりますが、その分、味わいを深く感じられます。」
「へえー。それってなんか特別感あるね。」
るるは興味津々の表情で頷き、笑みを浮かべた。
「晴人くん、こういう時は頼りになるね。アメスピってなんかおしゃれな感じする。」
「……そうですか?」
「うん。でもさ、一本の持ちが長いってことは、ゆっくりできるってことだよね?」
「その通りです。吸いごたえがありますよ。」
「じゃあ次、試してみようかなー!」
るるは満足げに笑い、煙草の箱を手で軽く叩いた。
「アメスピ吸ってたら、私も大人っぽくなるかもね!」
「……期待しています。」
「今の、ちょっとバカにしてない?」
「いえ、真面目に言いました。」
淡々と返す霧島に、るるは少しジト目を向けたが、すぐに笑い出した。
「ま、いいや! 今度、私がアメスピ吸ってたら褒めてよね!」
「わかりました。」
るるは嬉しそうに笑いながら、最後の一服を吸い終えて煙草を灰皿に押し付けた。
「よーし、じゃあ今日は新しい銘柄探しに行ってくる!」
「……頑張ってください。」
「ありがと! またね、晴人くん!」
るるは軽やかな足取りで喫煙所を後にした。霧島はその姿を見送りながら、もう一度煙草に火を灯し、ゆっくりと吸い込む。
――秋の風が心地よく通り過ぎる喫煙所で、二人のたわいない話がその場の空気を少しだけ温かくしていた。