――駅前のゲームセンターに併設された喫煙所。そこは時代の流れとは少しズレた、愛煙家たちの静かなオアシスだった。
霧島晴人はいつものように煙草に火をつけ、ゆっくりと煙を吐き出す。
「……ふう。」
その穏やかな時間を崩すように、元気な声が響いた。
「晴人くん! やっぱりここにいる!」
「……甘坂さん。」
いつもの軽い足音とともに、金髪ツインテールが顔をのぞかせる。手にはキャスターの箱。彼女もまた、このオアシスの常連だ。
「最近さ、禁煙ブームだのなんだの言われすぎじゃない?」
「……禁煙ブーム?」
霧島は少し眉をひそめて、るるを見つめる。
「そう! どこ行っても『禁煙!』とか『電子タバコにしなさい』とか言われてさ。」
るるは頬を膨らませながら、煙草に火をつけた。
「なんか、吸ってるだけで悪者みたいじゃない? こっちは好きで吸ってるだけなのにさ。」
「まあ、時代の流れですからね……。健康志向の人が増えたんでしょう。」
「そういう問題じゃないんだよ!」
るるは勢いよく煙を吐き出すと、ジトッとした目で霧島を見つめた。
「晴人くん、禁煙とか考えたことある?」
「僕ですか?」
霧島は少し考えた後、首を横に振る。
「……ありませんね。」
「だよねー! 絶対そんなタイプじゃないと思った。」
「まあ……僕にとって煙草は、一息つくためのものですから。」
「それそれ! 休憩のお供だよね! なんでみんなそれをわかってくれないんだろ。」
るるはぶつぶつと文句を言いながら、霧島の隣に立つ。そして少しだけ真剣な表情で続けた。
「でもさ、禁煙エリアとか増えすぎて、肩身狭くない? この喫煙所だって、今じゃ数少ない場所だし。」
「……確かにそうですね。」
霧島はゆっくりと煙を吐き出しながら、辺りを見回す。
「昔はもっと気軽に吸えた場所も多かったんですけどね。」
「でしょ? それが今じゃ、吸ってるだけで白い目で見られるんだから。なんか悲しいよね。」
「時代の変化です。でも、好きなものを我慢する必要はないんじゃないですか?」
「晴人くん……なんか今日かっこいいこと言うね。」
「そうですか?」
霧島は少しだけ目をそらして、煙草の灰を灰皿に落とした。
「まあ……無理に辞める必要はないと思いますよ。誰にも迷惑をかけていなければ。」
「そうそう! 私たちは愛煙家なんだから!」
るるは嬉しそうに笑いながら、もう一度煙を吐き出す。
「でも、禁煙ブームとか言うならさ、もっとちゃんと愛煙家の居場所を作ってほしいよね。」
「確かに。それなら僕も文句は言いません。」
二人はしばらく黙って煙草をくゆらせる。喫煙所の空気は、いつものようにゆっくりと流れていた。
「ねえ、晴人くん。」
「なんですか?」
「もしさ、喫煙所がなくなったらどうする?」
「……そうですね。」
霧島は少し考え込む。
「その時は、どこか静かな場所を探すだけです。」
「ふふっ、晴人くんらしい答え。」
るるはくすくす笑いながら、最後のひと吸いを終えると煙草を灰皿に押し付けた。
「じゃあ、私も晴人くんの隣にいればいいかな。」
「……どういう意味ですか?」
「深い意味はないけど、愛煙家仲間としてね。」
るるは笑顔で言うと、軽く手を振った。
「さ、今日はもう一勝負しに行こうかな! ゲーセンで待ってるからね!」
「……はい、後で行きます。」
霧島は淡々と答えながらも、少しだけ微笑んだ。
――時代に取り残された場所かもしれない。それでも、二人にとっては心地のよいたわいない時間が、そこには確かに存在していた。