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第6話:ヤニカスってなんですか?

 ――夏の終わりを告げる風が駅前を吹き抜ける。

 ゲームセンターに併設された喫煙所には、蝉の声が遠く響く中、秋の気配がほんのりと混じっていた。

 霧島晴人は、煙草の火をつけながら、少しだけ空を見上げる。

 太陽はまだ強いが、その光にどこか柔らかさが混じっている。彼は煙草を指先で軽く弾き、ゆっくりと煙を吐き出した。

 その静かな時間を破るように、いつもの明るい声が背後から響く。

「晴人くん! 今日もここで吸ってるんだ?」

 振り向くと、軽やかな足音とともに甘坂るるが現れた。今日はいつもより低い位置でまとめられたツインテールに、ラフなTシャツ、ショートパンツという軽快な装いだ。

「……甘坂さん、こんにちは。」

「ねえ、聞いてよ!」

 るるは勢いよく霧島の隣に座り込み、腕を組みながら少し不機嫌そうな顔をする。

「どうしました?」

「『ヤニカス』って言われたの! ひどくない?」

「ヤニカス……ですか?」

 霧島は少し眉をひそめた。その単語に馴染みがなく、彼は言葉の意味を頭の中で考えた。

「そう! 電車で煙草臭いって顔されたと思ったら、友達にも『ヤニカスくせー』とか言われてさ!」

「……なかなか辛辣ですね。」

「ほんとだよ! なんで煙草吸ってるだけでそんな言われ方しなきゃいけないの!?」

 るるは頬を膨らませて憤慨するが、その姿がどこか無邪気で、霧島は小さく笑ってしまう。

「まあ、時代が時代ですからね。喫煙者には厳しい世の中です。」

「そう! でも私は違うんだから! 愛煙家って呼んでほしい!」

「愛煙家……ですか。」

「そう! なんか素敵じゃない? ヤニカスよりずっと良いし!」

「まあ、確かに言い方ひとつで印象は変わりますね。」

 るるは煙草に火をつけながら、満足げに頷いた。

「でしょ? 晴人くんも今日から愛煙家だよ!」

「……別に僕は呼び方にこだわりはないですけど。」

「だめ! ちゃんと愛煙家って胸を張らなきゃ!」

「胸を張る……ですか。」

 霧島は少し考え込みながら、煙を吐き出した。るるはその様子を見ながら、ふっと小さく笑った。

「晴人くんって、たまに真剣に考えすぎだよね。」

「そうですか?」

「うん。でも、そういうところも嫌いじゃないけどね。」

 るるは笑顔を見せ、再び煙草を吸い込む。

「でもさ、時代に追いやられてるって感じするよね。喫煙者って肩身狭いなーって。」

「そうですね。でも……まあ、好きなものは好きでいいんじゃないですか。」

「……晴人くん、たまにはいいこと言うじゃん!」

 霧島は少しだけ照れたように視線を逸らしたが、言葉には出さずに煙草を灰皿に押し付けた。

 二人はしばらく無言で過ごしながら、喫煙所に漂う匂いと共にゆったりとした時間を楽しんでいた。

 ――夏の終わりの喫煙所には、遠くで揺れる蝉の声と、二人の軽やかでたわいない話が静かに響いていた。

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