――駅前のゲームセンターに併設された喫煙所。
夏の夕暮れ、湿り気を帯びた風が時折通り抜ける中、二人の影が微かに揺れていた。
霧島晴人は煙草の箱を指で弾き、静かに火をつける。吸い込んだ煙をゆっくりと吐き出すと、それは蒸し暑い空気の中で細く形を変え、すぐに消えていった。
隣では甘坂るるがスマホを片手に、何かを真剣に見つめている。
「ねえ、晴人くん。」
「……なんですか?」
「ライン教えてよ。」
「……え?」
霧島は一瞬、驚いた表情を浮かべ、煙草を持つ手が止まった。
「いやいや、別に変な意味じゃないからね? なんかあった時に便利じゃん。」
「……僕、あまりそういうの使わないんです。」
「ええー、今どきそんな人いる?」
「まあ……あまり連絡を取り合う人もいないので。」
るるはため息をつきながらスマホをいじり、そのまま霧島の方に向き直った。
「ふーん。でもさ、私とならいいじゃん? ほら、ゲームの約束とか、喫煙所で会えなかった時の連絡とかさ。」
「……そんなに必要ですか?」
「必要!」
「……わかりました。」
霧島は小さくため息をつきながらポケットからスマホを取り出した。るるは嬉しそうに笑いながら、その画面を覗き込む。
「やったー! 晴人くんのラインゲットー!」
「……そんなに騒ぐことですか。」
「騒ぐよ! これで、いつでも連絡できるね。」
「……そんなに頻繁に連絡しないでくださいよ。」
「わかってるって! でも、ゲームの約束とかする時に便利でしょ。」
「……なるほど。」
霧島は静かに頷いたものの、どこか釈然としない表情を浮かべる。
「まあ、連絡が来ても気づかないことが多いと思いますけどね。」
「え、それは困る! ちゃんと気づいてよね!」
「努力します。」
霧島が淡々と答えると、るるはクスクスと笑った。
「なんか、こういうのいいね。晴人くんって面白いんだもん。」
「……面白い、ですか。」
「うん。じゃあ、今度絶対ゲームの続きやろうね!」
霧島は少し眉を上げたが、何も言わずに視線を煙草の先に戻した。るるは立ち上がり、肩にかかる髪を払う。
「さて、そろそろ帰ろっかな。」
「……気をつけてください。」
「ありがと! 晴人くんもね!」
るるは明るい声を残して喫煙所を後にした。霧島はその後ろ姿を見送りながら、もう一度煙草を口にくわえた。
――駅前のゲームセンターの喫煙所には、夏の夕暮れの匂いと、二人のたわいない距離感が漂っていた。