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俺は魔法戦なんて認めない ②

 忙しいのに、仙道はまるで幼児のように紙人形で遊んでいた。人型の紙に文字を書いて何やらブツブツと独り言を言っている。コイツ、お人形遊びを幼稚園で卒業できなかったのかな。いや、もしかするとこれも中二病の一種かもしれん。だとすると、コイツの性癖を頭ごなしに否定するのはダメか。俺にとっては仙道は数少ない友人なのだから、ここは温かく見守るべきかもしれない。


「博士、これからこの式神で戸棚を動かして見せる、と」

「科学的に考えて、床との静摩擦係数を考慮すれば、こんな色紙しきがみの質量じゃ動かないさ」


 指で印を組んだ仙道が呪文みたいな台詞をつぶやくと、色紙しきがみは風に舞ったのか、タンスに向かって飛んでいった。ただし、もちろんタンスが動くことはない。それは科学的に当たり前の結果で、実に合理的だ。


「式神は動いたが、タンスは動かなかった、と」


 仙道が実験の観察結果についてメモを取った。俺には色紙しきがみが風に舞ったことが、それほど重要な事とはとても思えないのだがな。続けて、仙道は再び印を組むと何やらよく聞き取れない呪文のような言葉を独りつぶやいた。


「そちらの実験結果はどうだったかな、と」


 仙道の問いに、すぐに隣室から摂理の声が返ってきた。


「タンスが簡単に動いたよ。凄いね、これ」

「そりゃあ、強く押せばタンスだって動くだろう」


 俺は無理をして摂理が腰を痛めないかが心配になった。仙道は再びメモを取る。


「……博士が認識しなければ、呪術は有効、と」

「呪術?」


 非科学的な言葉に、俺は思わず眉を上げた。


「いや、今、言ったのはその……じ、呪、柔、柔術だ。摂理ちゃんに、重いものを動かす一助になればと、得意の柔術の基礎を口伝したんだな、と」

「おいおい、仙道。俺の大切な摂理に変なことを教えるなよ」


 可愛い摂理がもし暴力娘になったらどうしてくれる。摂理も摂理だ、こんなヤツに格闘技を教わるなんて。


「いや、悪かったな、と。もう少し、付き合ってくれるかな、と」


 仕方がないので、俺はコクリと頷く。すると仙道は、いかにも非科学的に見える似たようなテストを、何度も何度も自分が納得がいくまで繰り返して実験した。まあ、再現性は科学の基本だからな。……正直に言えばうっとおしかったが、ここは許してやることにするか。チラリと仙道のメモを覗き込むと、ヤツの結論を読み取ることができた。ついつい読み上げる。


「……博士の魔法を完全消去する能力は、彼自身の非科学的現象の認知に依存する」


 何ともバカバカしい結論だな。魔法なんて非科学的なモノ、初めからこの世に存在しないというのに。





 続いて仙道は美神をテストの相手に選んだ。何を実験するのか全く知らされていないのに、相変わらず美神はニコニコと微笑んでいる。美神の無防備な様子を見て、落ち着きがなくなる摂理。俺は実験中の二人には聞こえない小声で妹に尋ねた。


「どうかしたのか、摂理?」

「お兄ちゃん。仙道さん、愛月さんに絶対に変なことはしないよね?」

「うん、仙道は変な奴だが、痴漢じゃないことは俺が保証する。変なことなんてしないさ」

「それならいいけど、セツリ、少し心配だな……」


 摂理はどうしてこんなにも美月に気を遣っているのだろう。内心の疑問に俺は首を傾げる。一方、仙道は美神を対面の椅子に座らせると四方山話を始めた。仙道はしばらく彼女と雑談をしていたが、サラリとこの宿泊所のライフラインに話題を向けた。


「美月さん。言いにくいんだけど、ここの発電設備、実はソーラーセルなんだ。あれは昼間は良いけれど、夜になると発電しないという大きな欠点があるんだな、と」

「あら、そうなのですか? それなら設備にバッテリーを付ければいいのですね」

「うーん、それだと夜中に停電するかもしれないな、と」

「そうですか、ではバックアップ設備も必要なのですね」


 美神がにこやかに答える。確かに彼女が言う通りかもしれないが、今さら設備のバージョンアップを望んでも仕方がないだろう。屋外設備は発電効率の高い最新型太陽電池ではあったが、俺の記憶では蓄電設備も送電線も付いていなかったはずだ。


「博士、悪いがバッテリーの有無の確認してくれないかな、と」


 改めて確認するまでもないとは思ったが、ここは仙道の顔を立てることにしよう。外に出て先ほどの発電設備を確認する。


「やはりこの設備にバッテリーはな……くないな。ふむ、大容量のリチウムイオンバッテリーモジュールが付いているじゃないか。おまけに送電線まである」


 これは俺の単なる記憶違いなのだろうか? うーん、そんなはずはないんだがな。俺の記憶が正しいならば科学的且つ合理的な説明はただ一つだけだ。何者か判らない誰かが、俺たちに気付かせることなく、このモジュールと送電線を設置する大規模工事を短時間で済ませたことになる。俺は見たままを仙道に報告することにした。


「仙道、ソーラーセルにはバッテリーが付いていたぞ。それに送電線も張られていた」


 俺のシンプルな報告に、仙道が複雑な表情を見せた。


「……随分冷静だな、と」

「事実を否定しても仕方がない。しかし誰がこれほど素早く、静かに仕事をしたのだろう?」

「博士は非科学的な現象ではない、と」

「うん、いろいろ謎は残るが、これだけでは非科学的とは言えないな」

「うーむ、と」


 仙道は手で顎に触れて考え込んでいだ。興味の対象こそ非科学的この上ない呪術だが、仙道は研究熱心で努力家なのだ。そんな仙道が今、現象の理解に苦労しているようである。


「……合理的説明がつく限りは、博士は事象の否定をしない、と」


 ようやく頭を整理したのか、仙道は独り言をつぶやいた。


「そちらはまあいいか、と。だけど美神さんの言葉は確かに現実になっていた、と。目の前で魔法の類が使われたなら、必ず俺は気付くはずなんだがな、と」

「何をブツブツと非科学的なことを言っているんだ、仙道は?」


 俺は仙道の独り言に口を挟んだ。今、魔法がどうとか言っていなかったか? しかし仙道は俺の言葉をスルーすると、今度は合宿所の水回りについて触れた。


「美神さん。悪いんだけど、ここにはきちんとした水道設備もないんだな、と」

「あら、そうですか。でも蛇口から澄んだ水が出ましたけれど。私、地下水が湧き出た泉から水をここに引いていると思いましたのに」


 ん? 今まで俺はこの建物に水道があるとは気付かなかったな。はて、どこかにそんなものがあったかな?


「悪い、博士。ちょっと水の源流を見てきてくれないか、と」


 仙道の奴、今日は人使いが荒いな。そう思いながらも俺は水管を追って森の奥へ分け入った。ほどなく水源の泉が見つかった。澄んだ地下水が泉の底からこんこんと湧き出ているようだ。今度も美神の言葉の通りだった。まぐれにしても大したものだ。俺は直ぐ戻ると、見たままを仙道に伝えたんだ。


「やはり美神さんの言葉は現実になった、と。博士は何も言っていないから否定能力の否定ではない、と。だが、もしそうだとするとこれは……」


 深く悩み始めた仙道だが、俺は奴の言葉を訂正することだけは忘れなかった。


「違うぞ、仙道。そこは美神さんの言葉は現実と一致した、だろ」


 この二つの言葉の違いは大きい。仙道の言葉では、まるで美神が無から有を生んだようにも受け取れるではないか。質量保存則やエネルギー保存則と矛盾するような非科学的な現象を、俺は絶対に認めない。そんな奇跡の様な現象はこの世界に決してあってはならないのだ。そう、神は人の願いを叶えてくれない。願いを聞き届けてくれる神など、どこにもいないのだ。


 ――大好きだよ、お兄ちゃん――

 ――セツリ……目を開けてよ、セツリ――


 えっ? 今、心に浮かんだ声は何なんだ? 動揺が走ったが、俺は直ぐに気を取り直した。幻聴……きっとそうだ、これは幻聴に過ぎない。そんな俺に仙道が問い掛けてくる。


「……博士は平気なんだ。俺は少し怖くなってきたのにな、と」


 この後も仙道は美神が語った言葉が現実と一致するかどうかを、俺を使って全て確かめた。そして全てが現実と一致すると判ると、仙道は最後に深い溜息をついた。そして俺一人だけを部屋の外に連れ出すと、重々しい表情で自分の仮説をようやく言葉にした。


「博士。美神さんは……自分の望むことを、科学的に否定できない形で実現することができる能力なのかもしれない、と」

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