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俺は魔法戦なんて認めない ①

 俺と仙道が合宿所に招き入れてもらえるまでに、長い時間はかからなかった。驚いたことに、ボロボロな外見にも拘わらず中の部屋は小綺麗……というか、何だかとても居心地が良さそうに見える。まあ、中が予想外に綺麗なだけで特に非科学的な訳でもないので、俺個人としては全く文句はないのだが。すると……。


「おわっ! 俺が寝泊まりしていた廃墟がこれなのか、と」


 俺の隣で仙道が驚きの声を上げた。今コイツ、何といった?


「……お前、俺たちを廃墟に泊める気だったのか?」

「そ……それはその、今の廃墟というのは言葉のアヤだから、と」

「ふーん」


 疑いの眼差しで見ている俺に、仙道が補足するように言葉を付け加えた。


「美神さんと摂理ちゃんが頑張ってくれたおかげで、意外なくらい綺麗になったんでついつい大げさなことを、と」


 やがて仙道は不思議そうな表情をして、俺に尋ねてきた。


「それにしても博士はこのアンバランスな状況を見ても非科学的と否定しないのだな、と」

「この目で見た現実を否定する方が非科学的だからな。いくらバランスが悪くても、たまたまそうだったのだと納得することくらいはできるさ」

「ふーん、と」


 深く考え込み始める仙道。俺は何一つ変なことを言った覚えはないけどな。うん、いつものように科学的かつ合理的に答えただけだ。


「本っ当に、まるで魔法を使ったみたいだとは思わないのか、と」

「魔法? そんな非科学的なものがあるわけないじゃないか」


 俺が魔法などという非科学的なモノの存在を認めていないことは、長い付き合いの仙道なら百も承知のはずだけどな。何を今さら……。


「……なるほどな、と」


 何がなるほどなのか、俺にも判るように説明して欲しいものだ。考えていたことが顔に出ていたのか、仙道は俺の顔をまじまじと見つめながら、尋ねるように語りかけてきた。


「今まで気付かなかったことがあってな、と。博士、俺は新しい仮説を立てたんだが、仮説は検証しなくては意味がないんだろ、と」


 もちろん俺は首を縦に振った。科学の信奉者としてはそれは当然のことだったからだ。






 仮説検証とは、珍しく仙道がまともなことを言ってきたな。コイツ、もしかして熱でもあるのだろうか。もっとも科学技術を信奉する者としては、友人の科学への宗旨替えは大歓迎なんだが。


「うん、当然だ。科学に関わる者なら必ずそうすべきだ」


 仙道は俺の話を聞きながら、目の前で何やら不可解な真似を始めた。部屋の中心に立つと、その感覚を研ぎ澄ませているかのように目を閉ざした。何かを探しているかのように、前面に突き出した掌を開いている。もちろん、そこには空気しかないから、何も感じるはずはないに決まっているが。


「……何だか、博士の家と同じような感覚があるな、と」


 仙道に言われてみれば、ここには何となく、自宅にいる時のような落ち着く雰囲気がある。我が家に似ていると感じるのはなぜだろうか。


「と、言う事は……これは摂理ちゃんの仕業だな、と」

「仕業? 何だか摂理が部屋を綺麗にしちゃ悪いみたいな言い草だな」


 少し棘のある俺の言葉をスルーして、仙道はなおも瞳を閉じてブツブツ独り言をつぶやいていた。俺の耳にその言葉が届く。


「珍しい……これは幸福系の魔法力だな、と」


 魔法と聞いては俺も黙っていられない。聞き捨てならないこの言葉を、俺は真っ向から否定することにした。


「魔法なんて非科学的な物はないんだ! この部屋のどこに魔法がある?」


 突然、仙道は目を開けると心底疲れたように答えた。


「うん、もうないな、と。たった今、お前が痕跡を消しちまったから、と」

「俺が消したって? 何をバカバカしい」


 隣室に手を入れていた美神と摂理が俺たちの部屋を覗き込んできた。二人にも俺たちの言葉のやり取りが聞こえたらしく、俺たちが言い争いになる前に止めに入ってきたのだ。


「その辺でもう止めませんか?」

「お兄ちゃんも止めてね。ケンカをするための合宿じゃないんでしょう?」


 確かに摂理の言う通りだった。戦うべき相手は別にいる。俺は冷静に戻ると、美神と摂理が使う隣室も見せてもらうことにした。うん、この部屋もいかにも居心地が良さそうだな。


「……電気が点いてるな、と」

「うん、そうだな。だけどそれが何か問題でも?」

「ここは電気もガスも通じていない場所なんだな、と」


 すると美神が微笑みながら語りかけてきた。


「自家発電設備やガスボンベの設備が付いているのではありませんか?」


「……俺が前に来たときは確かになかったけどな、と」

「なら、外を見てみるか」


 俺と仙道が建物の裏に出て回る。そこにはソーラーセル発電設備とプロパンガスのボンベが設置されていた。意外な設備を見て、驚いて目を丸くする仙道。俺はそれらを詳細に調べた。文明の利器とも言うべき最新型タイプだ。これは意外に便利なインフラ設備があったものだ。開いた掌をかざして設備を調べていた仙道も、いかなる痕跡も発見できないようだった。まぁ、それについては別に俺は構わないが。


「魔法の痕跡すらないな、と」

「当然だ。魔法なんて非科学的なモノ、この世に存在しないのだから」


 しかし、俺の言葉は仙道には全く聞こえていないようだった。なおも考え込みながら独り言を続けている。


「これほど複雑な設備を具現化できるなんて驚いたな、と。もしこれが美神さんの仕業ならば、これは魔法とかいうレベルじゃないな、と」

「うん、これは魔法じゃない。これこそが科学技術、人類の英知であり至宝でもある」


 俺が座右の銘を仙道に語ったのに、仙道の心には一向に響かなかったようだ。仙道はなおも真剣な顔をして、両腕を組みながら考え込んでいる。


「うーん、これは否定能力の否定などではないな、と。もしかすると美神さんの能力は、自分のイメージを現実に変える力なのかな、と」


 またしても仙道が非科学的なことを考えているようだ。俺が心底呆れていると、女子二人がその場にやってきた。


「どうかしたのですか、仙道さん」


 明らかに様子が変な仙道を見て、美神が首を傾げながら尋ねた。


「前にはこんなものはなかったんだな、と」

「でも今はあるのでしょう? 何か問題でも?」


 仙道が口の中で、昨日は確かになかったとかボソボソつぶやいていたようにも聞こえたが、美神にはそれが聞こえなかったらしい。いつものようにニコニコと微笑んでいる。


「……判らないけど、判った、と」


 訳の判らない台詞をつぶやいた後、仙道は深呼吸を何度も繰り返して気持ちを静めたようだ。そして俺と美神に熱心に語りかけてきた。試合の戦略に関わる重要事項だと言って。


「少し実験がしたい、と。二人共、協力してくれるかな、と」

「俺は、科学的な実験ならば協力を惜しまない」

「もちろん、私も協力いたしますわ」


 かくして仙道が自分自身を納得させられるまで、俺たちは仙道が思いついた様々な試行実験に協力することになった。しかし、このテストこそが今回の合宿の一番の成果・結果に繋がることを、この時の俺は全く気付いていなかったんだ。

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