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俺は魔法なんて認めない ⑤

 作戦会議に夢中になって時間を忘れていた俺たちは、すっかり遅くなってしまった。運動部でもこんな時間まで学校にいることはない。校門までの近道をしようと、俺たちは古びた旧校舎の脇を通り抜けることにした。

 灯りが消えて闇に還った旧校舎は、静寂に満ち溢れている。……しかし、仙道は旧校舎の中に何者かの気配を感じ取っていたようだ。校舎をしきりに横目でチラチラ見ながら、その中を気にしている。


「何かこの中にあるのか、仙道?」

「……いや、何となく気になってな、と」

「科学的かつ合理的に説明すると、いわゆる不安という概念は……」

「今晩は博士のご高説を聞くのは止めておく。ところで美神さん、学園七不思議を知っているのかな、と」


 無礼にも仙道は俺の科学的講義を止めさせると、美神に話を振った。


「ええ、よく聞く都市伝説ですね」

「そう、どれも非科学的な噂話だ。俺ならば一言の下に七不思議の存在を否定するがな」

「森羅くんなら、きっとそうするのでしょうね」


 美神がサラリと俺の言葉を肯定した。ただ、彼女は決して納得しているような声色ではない。仙道がそわそわし始めたその時、俺たちの背後から聞きなれた声が掛けられた。


「お前たち、そこで何をしている」


 振り返れば、そこには担任の黒間がまるで幽霊のように立っていた。いや、幽霊では非科学的だな、ここは死にかけの病人とでも訂正しておこう。つまりここで俺が言いたかったのは、黒間はそのくらい陰気な顔をしていたということだ。


「あ、先生。俺たち部活で遅くなって、その帰り道なんだな、と」


 仙道の答えを聞いて、疑わし気な目で俺をじっと見つめる黒間。何となくその目つきが気に入らないな。日頃から俺は、こいつは胡散臭い教師だと思っていたのだが。


「……まあいい。早く帰るんだな」


 そう言って黒間は俺たちに今の時刻を教えた。それを聞いて俺は慌てた。いつの間にか十一時を過ぎていたからだ。


「とにかく今は帰るぞ、仙道」


 俺は仙道と美神を急かして帰り道を速足で歩いた。もちろん黒間に注意されたからではない。学園七不思議が怖いからでもない。そもそもそんな非科学的なモノは存在しないので、恐れる理由がないからだ。俺が今、心底気になっているのは我が家で待つ摂理のことだ。何の連絡もしていなかった。きっと摂理は俺のことを心配しているに違いない。

 昔、俺の帰りが遅くなった時、7歳の摂理が一人で外に探しに出かけたことを思い出した。あの時、俺は丸3時間かけて無事に摂理を夜の街から探し出したっけ。

 過去の思い出にすっかり気を取られていた俺は、たとえ旧校舎の窓に鬼火の様な光が漂っていたとしても、全く科学的注意を払わなかったに違いない。





 案の定、玄関では摂理が板の間にきちんと正座をして俺を待っていた。この姿勢は妹が俺ととことん話し合いをしたい時にだけする格好だ。うん、もう夜半を過ぎて午前様になっているもんな。摂理が怒るのも無理はない。


「そこに座って、お兄ちゃん。セツリ、話があるから」


 摂理は俺に自分の目の前で正座をするように伝えると、こんこんと説教を始めた。こういう時の摂理はまるで母親の様だ。しかし今の妹に逆らうのは厳禁なのだ。だから妹が語り疲れて一息つくまで、俺は口を開くのを差し控えることにしたんだ。言いたいことを全て語り終えて、気持ちが少し治まった摂理は、ようやく俺の言い分にも耳を貸してくれた。


「本当に悪かった、摂理。だけど俺の話も聞いてくれ」


 もちろん連絡もせずに遅くなったことは俺も本当に悪いと思っている。しかし今回はやむを得ない事情があったのだ。


「実は俺たち古呪術研究会が、他の研究会と試合をする羽目になったんだ」

「試合って?」


 俺は今日の出来事をかいつまんで説明した。それを聞き続ける摂理。最後まで聞き終えると、妹は溜息と共に素直な感想を伝えてきた。


「お兄ちゃんたち、本当に生徒会から目の敵にされてるんだね」

「うん、そうだな」


 事実を否定しても始まらない。俺はそれを素直に認めることにした。そして妹に大切な提案をするために、今後について話を振ることにした。


「……で、研究会メンバー全員で合宿することにしたんだ」

「合宿って、お兄ちゃんと仙道さんと美神さんだけで? だけどそれって……」


 摂理が何を言いたいのかは判っている。そこで俺は妹に一つの提案をしたんだ。


「うん、女子は美神さんが一人だけで気の毒だろ? だから俺からの提案なんだが、摂理にも参加してもらえると嬉しいんだが」

「えっ?」


 てっきり二つ返事で摂理は俺についてくるかと思っていた。いつだって摂理は……妹は俺の後ばかり追いかけてきたから。しかし予期に反して摂理は明らかに迷っている様子だった。


「摂理?」


 どうかしたのかと俺は妹に問う。いったい俺の提案の何が問題なのだろうか。もちろん俺としては摂理の意思を一番に尊重したいと考えているが。


「ううん、何でもないの。……判ったわ、お兄ちゃんがそれを望むなら、セツリ、合宿に参加することにする」


 摂理は笑顔でそう答えた。しかし不覚にもその時の俺は、妹の可愛い笑顔に微かな影が差していたことに、全く気付かなかったのである。





 仙道が俺たちの合宿所に用意した場所は、昔、彼が修行に使っていた森に囲まれた古い神社だった。俺たち四人は、その本堂の前で呆然と立ち尽くしていた。


「ここは四仙神社、由緒正しき古刹なんだな、と」

「由緒正しい古刹か。……それでこんなにボロいのか」


 本堂の横にある木造の家屋はどう見ても廃屋寸前だった。地震があれば、倒壊の危機があるかもしれない。ここでこのまま合宿するというのは、どうひいき目に見てもかなり無理があるのではなかろうか。


「ずいぶんな言われ方だな、と」

「正直な感想だ。本当に人が住めるのか」

「博士はそう言うが、俺は今まで何度もここに寝泊まったことがある、と」

「お前は特別だろ?」


 どこでも平気で野宿する仙道と、文明人の俺たちとを一緒にされてはたまらない。


「あのな、俺だけならともかくとして、摂理や美神さんの宿所としてはあまりにもボロすぎると思うぞ」


 俺たちの話を傍らで聞いていた美神が、一歩前に進み出てきた。


「そうですね、まず私たちが手を入れてみます。少しここで待っていてくれませんか」

「私たちって?」

「私と摂理ちゃん。それでいいでしょうか、摂理ちゃん?」


 美神に突然声を掛けられた摂理が、ビクッと過剰に反応した。何となく妹がとても緊張しているように見えるのは、はたして俺の気の迷いだろうか。大丈夫かな、摂理は。


「えっ? ……はい、かしこまりました、美神さ……ん」


 敬語を使う摂理の顔を美神が不思議そうに覗き込んだ。美神の視線から目を逸らそうとする摂理に、美神は春風のように優しい笑顔で語りかけた。


「摂理ちゃん、私、全く怖くないですからね。お掃除しながらお話ししませんか?」


 全く怖くないって……どうして摂理が美神を怖いと思うのか、俺には全く判らない。科学的でも合理的でもないと思うのだが。


「……でも……だけど……」


 なおも躊躇する摂理を見て、俺は口を挟まずにはいられかった。


「なら、俺も掃除を手伝おう」


 しかし美神も摂理も俺の申し出を同時に断ってきた。


「お兄ちゃんはダメ!」

「女の子同士、秘密のお話があるの。だから森羅くんは遠慮してくださいね」


 こうもはっきりと断られては、俺としては従うしかない。摂理も普段通りの笑顔に戻ると、俺に語りかけてきた。


「ごめんね、お兄ちゃん。セツリ、どうやら人見知りをしていたみたい」

「それなら……それでいいんだが」


 確かに摂理は、時々だが人見知りをすることがあった。だがしかし……。俺が難しい表情で考え込んでいたためか、摂理は自分から美神を誘うと、廃屋紛いのオンボロ宿所へと二人で入っていったのである。





 しばらく時が流れた。普段とは違う摂理の様子が気になっていた俺は、こっそりと中の様子を探ることにした。扉の前で息を殺して、部屋の中の様子をそっと伺う。


「……ということなの。だから、お互い正体は秘密にしましょうね、摂理ちゃん」


 微かながら二人の会話が聞こえてくる。正体とか何とかとか言っていたような気がするが、俺の聞き間違いなのかな。


「こちらこそ申し訳ありませんでした。お兄ちゃんたら、困った者に目を付けられているので、どうしても放っておけなくて」

「そうですね。でも摂理ちゃん、私はその件で来たのではないのです」

「ええ、先ほどそれは伺いました。……そういうお話なら承知いたしました、美神さま」

「その『さま』付けも止めてね、摂理ちゃん。私のことは愛月って呼んで欲しいのだけど」

「えっ、私が美神さまを愛月さんと呼ぶなんて、そんな恐れ多いこと……」

「ううん、これは私から摂理ちゃんへの心からのお願いです」

「はい、そういうことなら喜んで。……愛月さん!」

「これからはよろしくね、摂理ちゃん」


 俺の耳に二人の明るい笑い声が届いた。うん、これなら大丈夫だ。どうやら二人共、仲良くなれたようだな。そう言えば二人はお互いの正体とか何とか、少し気になることを話していたような気もするのだが……。ま、いいか。この際だ、追及は止めておこう。追及すべき科学的な理由も特にないからな。

 そう、この俺がこの二人が隠していた真実を知るのはまだまだ先の話だったのだから。

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