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俺は魔法なんて認めない ④

 しかし、俺の美神への質問は、部室に飛び込んできた仙道によって中断された。見るからに呼吸が荒い。鍛えぬいた仙道のことだ。ここまで走ってきたくらいでは息が乱れるはずはないのにな。


「どうしたんだ、仙道。何かあったのか?」


 仙道に直に聞いてみたが、なかなか返事がない。


「まずは少し落ち着いてくださいね」


 美神がグラスに冷たいミネラルウォーターを注いで手渡した。仙道はそれを一気に飲み干すと、ようやく重い口を開いた。


「……生徒会に上手くはめられたな、と」


 苦々しい表情をした仙道が、独り言をつぶやくように小声で語った。


「はめられたって? どういうことだ?」


 俺は即座に聞き返した。美神は小首を傾げて俺たちを見つめている。


「これを見て欲しいな、と」


 仙道が一枚の紙を広げて見せた。一見して4チーム総当たりのリーグ戦の対戦表に見える。


「非正規の研究会が全部参加することになったんだな、と」

「へぇ、三つともか。あんなロクでもない研究会なのに、よく3人目を集められたもんだ」


 俺の正直な感想を聞いた美神が、たしなめる様な口調で話しかけてきた。


「森羅くん、そんなに他所を悪く言わなくてもいいのではありませんか?」

「そうかな。パズス会にカーリー党に黒ミサクラブ……どれも非科学的なこと、この上ない。名前から合理的に判断して、俺にはどれもこれもロクでもない集団にしか思えないが」

「……そうですか。森羅くんがそのように決めつけるのはとても残念です」


 美神が内なる失望を隠さずに小声でつぶやいた。時々彼女は、俺を見て何とも哀し気な表情を見せる。しかしいったい彼女が何に憂いているのか、俺には全く判らなかったんだ。この俺は自分の隣に摂理がいて、世界に科学的合理性があるなら、それだけで十分に幸せなのに。


「美神さん。あいつらは、俺たちから見てもパラノイアだからな、と」


 俺の言葉を仙道が補足した。確かに主義主張の特異性から、古呪術研究会も全校生徒に敬遠されて孤立している。しかし、それでも俺たちの人格に難があったからではない。少なくとも己の興味本位で、法律や人権を平然と無視するようなマッドで危ない連中とは違う。俺たちはそれを美神に力説した。


「今まで連中が問題を起こさなかった理由は、単なる人材不足だったからなんだ」

「なのに、生徒会は俺たちを一緒にして、四チーム総当たりで魔法戦を行い、一番良い成績を収めた研究会のみを正規の活動として認め、予算を振り当てると決定したんだな、と」


 仙道は生徒会の決定について、さも不満そうに語った。俺は素直な感想を述べる。


「マリカが俺たちへの嫌がらせでハードルを上げてきたんだろう。確かに相手はいかれていることで有名な連中だ。だけど幸い人材不足なんだろ? なら問題ないんじゃないか」

「それが……そうでもないんだな、と。」


 どうやら話はこれからが本題らしかった。少し口籠る仙道の様子を見て、何か重大な問題が起きたのだと俺にも想像できた。美神は小首を傾げて彼に質問する。


「仙道くん。もしかして、他の研究会に入会した三人目の方が問題なのですか?」


 どうやらそれが問題の核心だったらしい。仙道が大きな溜息をつきながら答えた。


「実は生徒会のあの三人なんだな、と」

「え、もう一度言ってくれ」

「だから生徒会の三人なんだな、と。パズス会には副会長の白鳥裕一郎が、黒ミサクラブには会計の堅石勉が、そしてカーリー党には生徒会長のマリカ本人が入会したんだな、と」


 何とも呆れたことに、生徒会の幹部は総掛りで古呪術研究会を潰しに動いていたのだ。





 魔法対抗戦に仕組まれた陰謀の全容が判ると、さすがの俺でも腹が立ってきた。これはあからさまな弾圧行動だ。科学的でもなければ合理的でもない。


「これは……断じて負けられないな」


 決意を込めた俺のつぶやきに仙道がコクリと頷く。


「もちろん全試合、勝ちに行くに決まっている、と」


 おそらく他の研究会同士の試合は全て八百長だろう。彼らは俺たちだけにだけ全力で向かってくるに違いなかった。それでも俺たちがトップになるためには、リーグ戦全試合を勝つしかない。いつもは穏やかに微笑んでいる美神も、仕組まれた裏事情を知って俺たちへの全面協力を約束してくれた。


「あまりにも不公平ですね。これを知っては私も黙認できません」


 科学技術を追求する俺、古呪術を探求する仙道、そして魔法を使わないと自称する美神……この三人で大きなハンディキャップを背負ったリーグ戦を勝ち抜く必要があった。こうなったら意地でも負けられない。俺たちは必勝の作戦を考える必要があった。しかし……。


「うーん、やはり美神さんの魔法能力が未知数というのは辛いな、と」

「だから仙道。魔法なんて非科学的な言葉は使うなって」


 それを聞きつけた美神がニコリと笑って断言する。


「私、魔法なんて使いませんよ」


 俺は彼女の科学的な言葉に満足してコクコクと頷きながら語った。


「ほらな、本人だってハッキリとそう言っているじゃないか」

「それじゃ、博士がうるさいから超常能力とでも言い直そうかな、と」


 不思議なことに、こんどは美神も訂正しなかった。まあ魔法と超常能力ならば、後者の方がまだ科学的な言葉だから、俺も敢えて否定しないことにしよう。俺が否定してばかりいては、一向に話が進まないからな。


「で、美神さんのことを知ること、俺たちが勝つためにはこれが必要だと思うな、と」

「不確定要素を予め収束しておくわけだな。それは合理的かつ建設的な提案だ」


 俺たちの会話をそこまで聞くと、美神がにこやかな表情で質問してきた。


「私、具体的には何をすればいいのですか?」


 確かにそれは回答が難しい。まさかとは思うが彼女の力は本当に否定能力の否定なのか? 仙道は少し躊躇していたが、やがて決心がついたように語りだした。


「週末に皆で合宿してみないか、と。一緒に過ごす時間が長ければ長いほど、それだけお互いへの理解が深まる気がするな、と」

「へぇ、大胆な提案だな。俺はいいけど、美神さんは女の子だぜ。まずいんじゃないのか」


 一つ屋根の下で若い男女が一晩過ごすというシチュエーションは、さすがに高校生向きの話ではない。さすがに美神だって断ってくるだろう。


「私は都合がつきますけど。いいですね、皆で合宿なんて」


 予期に反して美神があっさり承諾してきた。どうも彼女には、危機感という意識が欠乏しているのではなかろうか? 念のために俺は美神にもう一度聞いてみた。


「美神は身の危険を感じないのか?」

「えっ? 森羅くんは私に何かするつもりなのですか?」

「そっ、それはない。そんなことをしたら、俺は大切な摂理に嫌われちゃうじゃないか」


 俺の答えに満足した美神はニコリと微笑むと、次に仙道を見つめた。真直ぐな瞳が言葉以上に物語っている。これでは嘘なんか付けない。


「俺も……美神が信じてくれるなら決して裏切らない、と。」


 仙道の言葉に美神が微笑んだ。笑顔の美神はまるで天使か女神のように見える。いや、天使や女神では非科学的か。とにかく、だ。この美神には人間離れした美しさと魅力がある。もし俺の心の中に絶対たる摂理がいなかったら、彼女に恋をしていたかもしれないと思うくらいだ。それはそれとして、いくら俺らを信用してくれているにしても女性が自分一人だけでは、やはり美神だって心細いのではないのかな。

 その時、俺に一つのアイデアが閃いた。我ながら良い考えだと思う。


「そうだ、俺が摂理を合宿に誘ってみる。二対二なら男女比もバランスいいから」


 合宿中も摂理と一緒に居られるしな。後に考えてみれば、部活合宿に摂理を誘ったこと……この時の選択が俺の人生における一つの岐路であったのかもしれない。

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