マリカは古呪術研究会の部室へ無遠慮に入ってきた。彼女の背後には生徒会の副会長と会計の姿が見える。いつもの生徒会幹部三人組だ。
「合理的って、どういうことだ?」
「君が大好きな数の論理ですよ、博士くん」
爽やかな容貌をした優男がマリカに代わってにこやかに微笑みながら答えた。生徒会副会長……
「三人未満の研究会は非正規扱いですからね」
「それにしては厚遇されている非正規研究会もあるみたいだが」
俺は嫌味たっぷりに言ったつもりだった。しかし……
「それについては生徒会の裁量権の範囲です。潜在的な可能性に投資する……それが生徒会としてのポリシーですから」
答えたのは生徒会会計……
「裁量? 独断と偏見の間違いじゃないのかな、と」
仙道が当然の不満を口にする。それを聞いたマリカが冷ややかに笑いながら答えた。
「仙道くん、文句は会員を三人揃えてから言ってね」
戦況は俺たちにとって明らかに不利だった。生徒会の規則では確かにマリカの言う通りだったからだ。しかしいくら生徒会規則だからと言って……。
「……その話なのですけれど」
突然、美神が俺たちの話に割り込んできた。不思議そうに美神を振り向く生徒会の三人。
「古呪術研究会、たった今、三人揃いましたよ。私が入会いたしますから」
美神がサラリと古呪術研究会への入会を宣言した。その言葉を聞いた俺と仙道の驚きも大きかったが、マリカたちの驚愕はその何倍も大きかった。三人とも呆然として、空いた口が塞がらないといった顔だ。
「美神さんの潜在値、マリカなら知っているだろう?」
そう、美神の潜在能力は俺と同じでセンサでは計測不能な値――十万以上なのだ。しかも俺と違ってプラス領域の値で。可能性で語るなら、彼女こそ学園で一番の有望株であると誰もが考えるだろうな。
「と、言う事だから、生徒会は研究会に投資してくれるよな、と」
不利だった俺たちの状況は美神の入会宣言で逆転した。仙道は厳つい顔に溢れる喜びを懸命に隠すと、改まった口調でマリカに尋ねた。
「……で、でも、仙道くん。いくら美神さんの潜在能力が高くても、彼女のポテンシャルだけで可能性判断するというのは、生徒会として……」
「さっき会計くんが語ったポリシーと違うんじゃないのか、マリカ?」
俺は即座に生徒会の主張の矛盾を指摘することにした。マリカは会計の堅石を厳しい目で睨みつけている。マリカの視線に身を縮めていた堅石は、突然キレて叫んだんだ。
「会長の前でよくも僕に恥を! 僕の魔法で……」
堅石は突然、懐から棒切れを取り出して俺に向けてブンブン振りだした。
「魔法? 非科学的だな、手品なら外でやってくれ」
ここで変なマジックショーをされても迷惑なので、即座に棒切れを取り上げてそれを窓から外に放り捨てた。慌てた様子で棒切れを探しに飛び出す堅石。
「合理的に判断して、正規な研究会として認めてくれるよな、副会長さん?」
俺は形勢有利と見て、今度は副会長の白鳥に畳みかけることにした。
「君は何とも無礼な人ですね。ボクが黙らせて差し上げましょう」
白鳥は風の精霊がどうとかと訳の判らない独り言をしばらくつぶやきはじめた。
「非科学的な呪文は認めないが、独り言なら邪魔にならない範囲で気が済むまでやってくれ」
何事も起きないまま時は流れ、白鳥はやがて息切れしてその口を閉じた。そして困りきったような表情で会長であるマリカを見つめる。自分が何の役にも立たないからといって、マリカに全責任を預けるなんて、白鳥ってヤツは本当に情けない副会長さんだな。
「……判りました、美神さんが入会すると言うのなら正式な研究会として認めましょう。研究会の活動申請書を生徒会に提出してください」
堅石が戻るのを待って、マリカが声を絞り出すようにして答えた。彼女としては苦渋の判断だったのに違いない。それを聞いた仙道は、俺に親指を立てて成功の喜びを伝えてきた。俺も頷いてそれに応える。美神も普段通りにニコニコと微笑んでいた。しかし、ことはそれだけで治まらなかったんだ。
「ただし……予算の配分には条件があります。確か、先ほど美神さんはご自分で、魔法は使わないとおっしゃっていましたわね?」
「ええ、私は魔法というものを使いません」
屈託のない笑顔で美神が答えた。その機に、俺はすかさず自分の信念を追加する。
「そもそも魔法なんて非科学的なモノ、使えないのが当たり前だろ?」
「ワタシ、森羅くんには何も聞いておりません!」
マリカがピシャリとした口調で俺を即座に黙らせた。まあいい、何か企んでいるようだが、今は先にマリカから話を聞くことにしよう。
「先ほどの皆さんからのご意見、私は深く検討させていただきました」
「どの意見かな、と」
すぐに仙道がマリカに質問した。先の会話の内で、どのあたりの話なのかな。
「生徒会の裁量が独断と偏見ではないかと問う森羅くんの意見です」
確かに俺はそう言った。そして、それは絶対に間違いないと今でも確信しているが。
「そこでです。ポテンシャルではなく実力を測ってみることにいたしましょう」
マリカは自信と落ち着きを取り戻すと、美神の顔を見つめながらそう伝えた。
「実力をどう測るのでしょうか?」
美神に質問されたマリカは、俺たちの顔を交互にゆっくりと見回した。おそらくは良からぬことを企んでいるのだろう。何か裏がありそうな意味深な笑顔を顔に浮かべているからな。
「契御主学園には会員数三人の研究会が複数あります。それらで魔法対抗戦を行い、その成績をもって実力を測ります」
まあマリカなら何か条件を出すだろうと思ってはいたが。魔法なんて非科学的なもので勝負するというのはいただけないが、この条件ならまだ想定の範囲内だ。しかし会員数三人の研究会なんて、ここの他にあったかな? 俺には心当たりがないが。
マリカは静かな口調で俺たちにさらなる説明を続けた。
「ここは公平に、他の非正規研究会にもチャンスを差し上げることにします」
「非正規な研究会ですか?」
美神がマリカに質問した。マリカがコクリと頷いてみせた。
「今までの貴方たちのように会員二人以下の研究会のことですわ。期限までに三人揃えた研究会を、魔法対抗戦の参加対象に広げると言う意味ですのよ」
それは極めて公平な提案にも聞こえた。俺の記憶では会員数二人の非正規研究会は確か三つあったはずだ。ただし、どれもこれも危ない変人たちが創った怪しい研究会だったような気もするのだが。
「会長?」
「それで本当にいいんですか?」
白鳥と堅石がマリカの決定に驚いてその顔を見つめながら尋ねた。
「ワタシに考えがあります」
マリカは落ち着き払ってキッパリと応えた。そう、この時の俺たちにはマリカの企てが判るはずもなかったのだ。