国立
「魔法適性だと? もっと科学的な言い方はないのか」
「ああ、『魔法』なんて本当に気に食わないな、と」
俺の言葉に仙道も相槌を打ったが、実は俺と仙道は立ち位置が微妙に違っている。俺は非科学的なモノを一切認めないのだが、仙道は日本古来の術式にご執心なのだ。そう、仙道は日本には仙術や陰陽道があるのに、西洋魔法を偏重している現状を仙道は苦々しく思っているに過ぎなかった。しかし、俺たちのような者はごく少数派――そこで敵の敵は味方と言う理屈で、いつの間にか二人で行動を共にするようになった間柄だった。言ってしまえばアンチ西洋魔法の同志なのだ。そんな理由から俺たちは常に周囲から冷たい視線が注がれていた。迫害されていると言ってもいい。そして俺たちを目の敵にしている筆頭格こそが生徒会長マリカ・
「生徒会長のくせに、マリカは俺たちに対して不公平だよな」
「マリカだけじゃない。A組の奴らは本当にいけ好かないな、と」
ちなみに学年のクラスは魔力センサーで測定されたポテンシャル値で分けられており、A組はその最上位にあたるのだ。ポテンシャルの数値が一万以上の彼らは、誰も彼もエリート意識が高くて友達になりたくないタイプばかりだった。その中でもマリカの数値は四万七千、二位の仙道に八千の差をつけている。普通ならば、マリカは十年に一人の逸材と言われただろう。しかしこのクラスには一人の例外的存在がいたのだ。その例外とはかく言うこの俺……数値は-99999、計測不能のマイナスなのだそうだ。選抜はポテンシャルの絶対値で決まるため、俺は不幸にもこの学校に入れられて、最上位クラスのA組に放りこまれたという訳なのだ。
「そういえば、転校生なんて今まで聞いたことないよな」
「ああ、適性や能力は後天的に開花するモノじゃないらしいからな、と」
A組に編入される以上、件の転校生も数値一万は超えていることは間違いない。しかし余程の数値が計測されない限り、この学校に転校するなどありえないはずなのだ。そもそも潜在能力者は全員、一人の例外もなく小学部からこの学校に通っているはずだ。それなのにいったいどこから転校してきたと言うのだろう。もしかすると外国人なのだろうか? どうして今頃になって転校生がという素朴な疑問に合理的な答えを知りたくて、珍しく俺も噂の転校生とやらに興味が湧いていた。
「おっ、先生が来たらしいな、と」
教室のドアが音もなく開くと、俺たちの担任教師が現れ、教壇に立った。――
「……まさか」
そう一言つぶやくと、教壇に立った黒間はまじまじと俺を見つめていた。そんなに俺の顔が珍しいのか? 本当に訳が判らない。
「まったく信じられんが……まあいい」
黒間は勝手に自己完結すると、気を取り直して朝の出欠を取り始めた。全員の点呼を終えると、黒間は軽く咳払いしてから言葉を続けた。
「諸君に転校生を紹介する。君、入ってきたまえ」
黒間に呼ばれて、一人の女生徒が教室にしずしずと入ってきた。
「それでは自己紹介を」
「
少女は鈴を転がすような声で明るく語った。丸く大きな瞳、筋の通った鼻、小さな口が、色白の顔の中で見事に調和していた。腰まで伸びたつややかな黒髪が、彼女のスリムな身体を引き立てている。美神愛月を一目見たならば、誰であろうと彼女は美少女だと文句なく断言するだろう。かく言うこの俺だって、妹以外で可愛いと思ったのは彼女が初めてのことだった。
「先生、質問です」
美少女転校生を前にして、隣席のマリカが手を挙げて質問した。きっとマリカは、皆が胸に秘めていた疑問を代弁したかったのだろう。
「美神さんは外国から来たのですか」
「いや、日本育ちだが」
それを聞いてざわめく教室。美神が外国人でないことはその容姿からも納得できるが、それでは理屈が合わない。俺も彼女のバイオグラフィの合理性に問題ありだと思った。
「先生。それなのに、なぜ今頃になって転入なのですか?」
「個人データに関わることだから詳細は判らない。おそらくは潜在能力の測定時にセンシングエラーがあったのだろうな」
まあ確かに測定ミスが唯一合理的な回答だろう。科学的にも一番納得できる解答だ。教室のざわめき声は黒間の答えで次第に治まってきた。しかしマリカが余計な質問をしたため、この後、騒ぎは更に大きくなることになる。
「では先生。今回の測定で美神さんはどんな数値を出したのですか?」
黒間は手元の資料を見て、一瞬、その表情を強張らせた。何度も目を擦って記載されていた数値を確かめる。時々、黒間が俺の顔をチラ見しているように感じるのは、俺の勘違いなのか? しばらく待つと、ようやく黒間はマリカの質問に答えた。
「美神の能力測定値は99999……つまりセンサーでは測定不能だったらしい」
転校生の潜在能力値を紹介したその一言で、無関係なはずの俺が、なぜか一斉に皆から注目を浴びることになっていた。何とも居心地が悪い。俺は本件とは関係ないだろうに。
「……先生、まさかそれって?」
マリカがまるで毒虫でも見るような目つきで俺を見詰めながら、黒間に質問した。コイツ、俺がマリカの杖で火おこししようとしたことをまだ根に持っているのか。
「森羅くんと同じってことですか?」
マリカの言葉に、俺は憮然とした面持ちになった。測定結果が俺と同じと言ってるが、俺はマイナス、転校生の美神はプラスなのだから全然違うぞ。ベクトルが真逆じゃないか、それを一緒にするのはあまりにも非科学的だ。
「改めて言っておくが、俺は魔法なんて非科学的なモノの存在を認めていないからな」
俺の信念の言葉に、クラス中がざわめいた。魔法なんて非科学的なシロモノをマジで信じているコイツらと、科学を信奉する俺とが反りが合わないのは当然のことである。マリカが溜息混じりに語りかけてきた。
「まったく森羅くんは反社会的なんだから」
「そう言うお前こそ非科学的だと思うがね」
俺はマリカに言い返した。俺たちの毎日の掛け合いに笑っているのは、俺の後席にいる仙道ただ一人だけだ。何が面白いんだか、一人でニヤニヤしている。
「あのな、仙道。俺たち、漫才をやっているつもりはないんだが」
「いやいや、何年経って変わらないなと思ってな、と」
実は俺と仙道とマリカは小学部から今までずっと同じクラスだった。しかしこれは運命とか腐れ縁というよりも、三人とも潜在能力の絶対値が大きかったから当然のことなのだがな。
「私語はその辺でもういいかね?」
黒間がコホンと小さく咳ばらいをすると、俺たちに注意を促した。見れば件の転校生がニコニコしながら俺たちを見つめている。俺は大人しく口を閉じることにした。
「美神の席だが……森羅の左が空いているな。うん、この際だ、そこにしよう」
「えっ?」
プラスとマイナスの両極端を接近して置いていいのか? 電磁気学的に考えればクーロン力は距離の二乗に反比例して強くなるのに、危険だとは思わないのかな? 一方で、双極子と捉えて考えれば他への影響は最小化できるとも言えなくもない。しかしそれは一種の切り捨てじゃないのか。他は良くなるかもしれないが、俺たち二人はどうなる。本当に教師としてそれでいいのか?
「森羅くん、これからよろしくね」
それは本当に眩しいような笑顔だった。それにとても暖かい。端正な顔をしているにも拘らず、美神にポワッとした天然系の印象を持つのは、きっとこの笑顔のせいだろう。何となく、遠い昔……この笑顔をどこかで見たような気もするが、記憶の間違いだろう。生まれてこの方、美神とは出会ったことはないはずだ。記憶を精査するが間違いない。
「……よろしく、俺は森羅博士だ」
俺はぎこちない笑顔で言葉を返した。非科学的なことを認めるのは嫌なのだが、何だか彼女が隣にいると俺は気分が落ち着かない。何となくそわそわして、普段のような合理的な思考が難しかった。念のために美神には知古の有無を確かめる。
「美神さん。変なことを聞くようだけど、俺たち、前に会ったかな?」
すると美神は少し意外そうな表情で応えてきた。
「森羅くんの記憶に、私の思い出はありますか?」
俺は無言で首を左右に振った。絶対にない……と思う。いや、確かないはず……なんだが。何なのだろう、この漠然とした感覚は。絶対に顔を見知っているわけではない。しかし、何となくこの輝くような暖かい笑顔……何だか心の底に引っかかるんだがな。
「……やはりそうですか。良く判りました。私がここに転入することにしたのは、間違いではなかったようですわ」
天然系としか思えなかった美神が、何やら意味不明の返事をしてきた。どういう意味なのか俺には全く判らない。思わず疑わし気な目で彼女を見つめていると、後ろの仙道がボールペンの先で俺の背中をつついて注意を促してきた。仙道が小声で俺に話しかけてくる。
「おい、博士。美神さんに得意な魔法があるのかどうか、聞いてくれよな、と」
俺はにべもなく仙道に返答した。
「だから、仙道。俺は魔法なんて非科学的なモノは一切認めていないって言ってるだろ」
すると俺たちの会話を耳にした美神が、小さな声でそっと仙道の質問に答えてくれた。俺はどうせ非科学的な答えだろうと身構えていたが、彼女の答えはあまりにも意外だった。
「私ですか? 私、魔法は使いませんけど……」
測定不能な程のプラスの潜在能力がありながら、美神は自分は魔法を使わないと言い切った。そして美神は俺たちに向かってニッコリと微笑んだのである。