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シスコン博士は非科学的な魔法を認めない
シスコン博士は非科学的な魔法を認めない
深海 夕
異世界ファンタジー冒険・バトル
2024年12月25日
公開日
10.7万字
完結済
優秀な科学者だが重度のシスコンの博士は実験中の事故で死亡した。
だが頑固な科学信奉者である博士は、天界で出会った転生の女神・ルナの言葉を全く信じない。
もし魔法が存在する異世界へ転生するなら、非科学的なものをすべて否定したいとルナに伝える。
そして「非科学的なものを否定する力」が彼の固有能力となった。
転生した博士は十六歳に成長し、妹の摂理と共に超常現象が跋扈する契御主学園に通うが……。

流れ星に当たったら、女神が異世界ハーレムに転生させてくれた件

 どこだか判らない光の靄の中で、俺の意識は当てもなく漂っていた。どれくらいの時が流れたのかな。ふと気付くと、この世の者とは思えないほど美しい女性が俺の目の前に立っている。金髪碧眼、そして抜群のプロポーション……まるでラノベに出てくる女神のようだ。


宇和木うわき大輔だいすけさんですね」


 彼女に名前を呼ばれて俺は無言で頷いた。今は何一つ思い出せない。しかし状況から考えて、どうやら今の俺は『あの世』にいるらしい。すると目の前にいる金髪碧眼の美女は転生の女神と考えて間違いないだろう。だけどどうして俺が……。


「昨晩、流れ星を見ていた貴方は、不運にも頭に隕石が当たってお亡くなりになりました」

「ええっ?」


 女神の衝撃的な言葉で俺はようやく思い出した、昨晩起きた信じられない出来事を。そう、確か俺はあの時、流れ星に願いを込めようと自宅のベランダに出ていたんた。そんな俺に一個の流れ星がグングン近付いてきて……。


「頭に……流れ星が当たったわけか」


 女神は気の毒そうな表情で俺にコクリと頷いてみせた。この時、俺は今のシチュエーションにハタと思い当たった。


「もしかして俺を転生させてくれるんですか? きっとそうなんですよね!」


 勇み込んで問う俺の言葉に、女神は明るい笑顔でキッパリと答えた。


「ラノベの読みすぎですね、貴方は」

「えっ?」

「流れ星に願いをかけたとか、不慮の事故で亡くなったからといって、全員を望み通りに転生させていたらそれこそキリがないでしょう?」

「そっ、そんなぁ……」


 女神の言葉は正論かもしれない。しかしここで納得しては身の破滅。こうなれば恥も外聞もない。必死で女神に頼み込むしかないぞ。即座に俺はそれを実行に移した。

 臆面もなく土下座をして必死に頼み込む俺を不憫に思ってくれたのか、慈悲深い女神はもう一度考え直してくれたようである。


「……でも、そうですね。流れ星に当たって亡くなるなんて、天文学的にもレアな不運に当たってしまったのは少し気の毒です。同情できますから転生ポイントを特別支給しましょう」

「転生ポイント?」

「生き物が生存中に貯めて、生まれ変わる時に消費するものです。転生ポイントが多いほど、良い条件で生まれ変われるのですよ」


 しめた、どうやら脈があるらしい。女神の説明に俺の瞳はパッと明るく輝いた。


「特別の計らいで、どこか異世界に転生させて差し上げましょう」

「あっ……ありがとうございます!」


 異性にもてない普通の高校生に過ぎなかった俺が、夢にまで見た異界転生ができるなんて。こんなラッキーな事はない。俺の心は天にも昇る気持ちだった。


「何かご希望はありますか?」


 美しき女神は金色のノートを手にすると、俺に何かリクエストはあるかと聞いてきた。俺は迷うことなく大声で叫んだ。


「ハーレム! 何がなくともハーレムを!」


 ほんの一瞬、女神の片唇がピクッと上がったような気がした。しかしきっとそれは俺の気の迷いに違いない。そう、女神がムッとしていると感じたのは、たぶん俺の勘違いだ。


「ハーレム……と」


 女神がノートに俺の希望を書き込むのを見ながら、俺は追加のリクエストを伝えた。


「ハーレムには、タイプが違う美少女が最低五人は欲しいな」

「タイプが違う美少女が五人……と」


 女神はその美しい顔を硬直させながら、手にした金色のノートに俺のリクエストを記載してくれた。やっぱり女神としてはハーレムが気に入らないのかなぁ。


「それから戦いなんかに巻き込まれるのは嫌ですね。自分の自我を保ったままで、平和で緩い日常がずっと続く世界で、怠惰に過ごすのがいいです」

「今の意識を維持したままで、平和で緩い日常が続く世界……と」


 はてな、ノートに書き込む女神の額に青筋が立っているような気がするけど。果たして俺の気のせいかな? うん、女神が俺に腹を立てているはずはないよな。


「えーと、それから、それから……」


 調子に乗っていろいろ追加で注文しようとする俺に、女神は氷の表情で宣言した。


「これで転生ポイントを使い切りました。もう追加の願いはできませんわ」

「えっ? だけど……」

「それでは貴方を転生させますので」


 これ以上は問答無用であると言うかのように、美しき転生の女神は慌てる俺を刹那に異世界へと転生させたのである……。





 俺は男子高校生・宇和木大輔として、ごく自然に異世界に生まれ変わっていた。俺が女神にリクエストしたように、ここは元々の世界とほとんど変わらない平和な日本である。ただし俺の周りには、俺に特別な好意を寄せる五人の美少女がいることだけが違っていた。


「オハヨー、ダイスケ!」


 俺の背中に痣が残るほど強く叩く彼女の名前は剛力さくら――日本人形のような清楚な外見にも拘らず、空手三段、柔道二段、合気道三段の猛者である。さくらは、気に食わない相手には容赦なくプロレス技を掛ける、『最強のヒドイン』とも揶揄される女子高生なのだ。そして最近のさくらの最大の被害者は、かく言うこの俺だった。

 まぁ、でもそれはさくらの愛情の裏返しなのかもしれない。親しいガールフレンド五人の中から一人だけを選ばない俺を、さくらは決して許せなかったからだ。


「この浮気者!」

「イテテテテテッ」


 さくらにコブラツイストで締め上げられて、思わず大きく開いた俺の口。するとその瞬間に、俺の口に何かを放り込む別の美少女が現れた。


「大輔くん、これ食べて」


 彼女の名前は食見しきみあやめ――三つ編みにした黒髪のおさげが良く似合う可愛いメガネっ娘だ。しかし可愛いあやめの料理の腕は、殺人的と言えるほど下手だった。そう、それはもはやゲロマズなんていうレベルじゃないんだ。俺は彼女の焼いたクッキーに留まったハエが、悶絶して地面に落ちたのを見たことがある。巷では、あやめは殺人料理の『食毒のヒドイン』とか呼ばれているようだ。


「……グワッ……」


 口から猛毒を注ぎ込まれた男のように、俺は口から泡をブクブクと出し始めた。そんな俺を、あやめはキョトンとした顔で見つめている。彼女には、何が起きているのか全く理解できないらしい。意識が飛びかけた俺の目の前に、豪華なリムジンがピタッと停止した。


「じい、大輔に早く胃洗浄を。手段は任せます」


 巨乳で金髪の美少女が車窓を開けると、即座に初老の執事に俺の介抱を命じた。ノルウェーと日本のハーフである彼女の名前は姫野ユリ――日本屈指の大富豪・姫野財閥の一人娘である。彼女は尊大で自己中で、財に任せて何でも好き勝手をするお嬢様だった。そんなユリは、陰で『傲慢のヒドイン』とか呼ばれているらしい。

 執事は俺の口に強引に漏斗を差し込むと、一斗缶に入った水を一気に注ぎ込んだ。


 ――ゴボッ、ゴボッ、ゴボッ ――


 く……苦しい。毒とは別な原因で死にそうだ。それでも何とか溺死を回避すると、俺はよろよろとその場で立ち上がった。その時になって、俺はよく見知った美少女が目の前にもう一人いることに気が付いた。


「おはよう、大輔」

「げっ」


 短く切り揃えた茶髪のくせ毛、瞳の色が違うオッドアイ――これが不動かえでという美少女の外見的特長だった。彼女は決して自分では何もせず、他人の力で人生を謳歌する……それをポリシーとする信じ難い不精娘だ。今は猫耳なんか付けているが、コスプレするならばかえでにはナマケモノの方が余程似合っている。

 ただ、かえでは催眠術の天才だという噂を聞いたことがある。常日頃、俺の記憶が不連続に飛んでいるのは、きっとコイツのせいに違いないだろう。そんなかえでを、人は密かに『怠惰のヒドイン』とか呼んで、彼女と関わることを恐れている。


「そっ、そうだ! 俺、急用を思い出した」


 今の俺にはかえでの相手をする余裕はなかった。その場しのぎの言葉を残して、彼女たちの下からこっそり立ち去ろうと試みる。しかし逃げ去ろうとする俺の真正面に、仁王立ちをして俺を呼び止める別の美少女が現れた。


「こそこそとドロボーみたいね、だいすけ!」


 炎のように赤いショートボブ、ややつり上がった大きな瞳――矢口つばきに間違いない。


「性欲のなすままに浮気しているなんて、今日もサイテーのブタ野郎ね」


 何を言われても、俺はつばきにだけは何も言い返さないことにしている。もし言い返せば、百倍返しになるだけだと判っているからだ。あの傷口を抉るような鋭い言葉は、もはや凶器と言っても過言ではない。口の悪さでは右に出る者がないつばきを、人は『毒舌のヒドイン』と呼んでいるのだ。

 退路を全て断たれた俺は、ようやく腹を括ると五人のヒドインたちを振り返った。『最強』、『食毒』、『傲慢』、『怠惰』、『毒舌』……タイプが違う個性豊かな五人の美少女ヒドインたち。彼女たちは、満面の笑みを浮かべて怯える俺の顔を見つめていた。





 今日も、昨日も、一昨日も、俺はあのヒドインたちに翻弄され続けている。きっと、明日も、明後日も、明々後日も、これから毎日続くに違いない。なぜって、この状況こそが願いの途中で止め遮られた俺の転生時のリクエスト設定――永遠に続く日常的ハーレムそのものなのだから。

 最近俺は、もう一度流れ星に当たりたいと心から願っている。そして次こそは慎重に願いを選ぶつもりだ。何しろ考える時間はたっぷりある。再衝突の確率を計算してみたら、次に起きるのは約二兆三全憶年後のようだ。流石に何もせずには待ちきれないので、俺は夜な夜な流れ星を追いかける日々を過ごしている。この地球が消失するまでには、何とか実現できるといいのだが……。





 天界にいる女神は異世界転生者の修羅場の様子を見て、深い溜息と共につぶやいた。


「……自業自得という言葉を知らなかったのですね、宇和木さんは」


 転生の女神は哀し気に何度も首を横に振ると、次の面談者に気持ちを切り替えた。

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