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5、公爵令嬢リセリア、滾る

 ロザリーが日記を書いている頃。

 ウィンズストン王国の上位貴族、ジャントレット公爵家では、人目を忍んで客を迎えていた。


 足音と気配のない騎士がジャントレット公爵家の一室に進み、中に通される。


「お嬢様が中にお通しするようにと仰せです」


 眼鏡をかけたメイドが事務的な口調で騎士に告げると、騎士は驚きの表情を浮かべた。


「ジャントレット公爵令嬢……リセリアお嬢様が、俺に直接会ってくださるのですか? 異国のスラム出身の俺なんかと、お嬢様が?」

「ええ。騎士団に潜り込むことに成功し、あれこれと工作をしてくださる貴方のことを、お嬢様は評価しているのです」


 通された部屋には、天蓋付きのベッドがあった。

 普通であれば夜中に自分のような身分では一生立ち入れない場所。

 そして、天蓋付きのベッドに腰かけたね公爵令嬢――騎士の喉がごくりと鳴る。


 豪奢な金髪の巻き髪に紫水晶アメジストめいた瞳をしたリセリア・ランダ・ジャントレット公爵令嬢は、16歳。

 群青色のナイトドレスに身を包み、騎士を見下す瞳は、気が強そうだ。


「頭が高いわ。そこにお座りなさいっ」

「はっ」

「わたくしがいいというまで、声を発するんじゃありませんっ」

「……」


 居丈高に言うお嬢様に従い、騎士が膝を付く。

 リセリアは長身で逞しい騎士を恐れる様子もなく近寄り、パシンと音を立てて騎士の頬を打った。


「お前が手配した男。失敗したのですって? 発言を許すから、謝罪なさい」

「申し訳ございません、お嬢様」

「しかも、王太子殿下と護衛騎士を間違ったばかりか、騎士の色香に惑わされて押し倒したのですって?」

「え、そうなのですか? うわあ」

「把握していないの? わたくしの専属メイドの方が情報を詳しく知っているって、おかしくなくて?」


 騎士は「ごもっとも」と頭を垂れた。


 リセリアは王太子妃の座を狙っていて、今夜は王太子との既成事実を作るために策略を仕掛けていたのだ。

 騎士はリセリアの計画を脳内で反芻する。


 1、招待客の王太子を酔わせて、庭の風に当たるよう仕向ける。

 2、庭に出たところを雇った者に襲わせる。

 3、騎士が助けて、「気持ちが落ち着く薬をどうぞ」と媚薬を飲ませ、救護室に連れて行く。

 4、おっとしまった。ここはお嬢様の部屋だった。間違ったぞ。

 5、部屋の中にはネグリジェ姿のお嬢様が!

 6、王太子、お嬢様の色香に煽られて押し倒し。既成事実ができる。


「わたくし、待っていたのに! ねえ、雇った男が王太子殿下の専属護衛騎士を性的に襲ったというのは真実なの? どうしてそんなことするのよぅ! おかしいでしょっ!」


 雇った男が、なぜか暴走した。男爵令嬢ロザリー・サマーワルスがそれを助けた。

 単に助けただけならまだしも、ロザリーは王太子に指輪を贈られた。

 しかも、その場ですぐ「売っていいですか」などと無礼千万なことを言い。

 しかもしかも、王太子は無礼に怒るどころか、逆にその態度を気に入ってしまった様子で楽しそうに笑っていた。

 何もかもが不快でたまらない。


「許さないわ、ロザリー・サマーワルス!」 


 嫉妬と悔しさで激昂するリセリアは、メイドに命じて鞭を用意させた。


「わたくし、男を虐めるのが好きなの。お前、服を脱いで四つん這いにおなりなさい!」


 加虐趣味をあらわにするリセリアに、騎士は慄いた。


「どうしたの。わたくしに鞭を打たれるなんて、幸せなことなのよ。喜びなさい。あなたの過失を命で償わせてもいいのよ?」


 騎士が震える手で上半身裸になったとき、知らせが届いた。


「リセリアお嬢様! た、た、大変でございます! 王太子殿下から、書簡が……!」

「王太子からっ?」


 普段であれば、「まあ! わたくしに気があるのだわ!」と大喜びする知らせだ。

 だが、このタイミングだと不穏である。

 リセリアは鞭を手放し、おそるおそる書簡を手にした。


 上半身裸の騎士が「大丈夫ですかね?」と心配そうに覗き込んでくる。

 リセリアは反射の速度で騎士を平手打ちした。ばしん、という音と、甲高くヒステリックな声が室内に響く。


「無礼者! もういいわ。お下がりなさい!」

「しっ、失礼いたしました……っ!」


 メイドが騎士を部屋から追い出してくれるので、リセリアは改めて書簡に向き合った。


====


 僕の遠い親戚でもあるリセリア・ランダ・ジャントレット公爵令嬢へ


 今宵の月はご覧になりましたか?

 雲は少なく、とても眩く光輝いて僕たちを観察しているのです。

 このように明るいのでは、影に紛れて悪事を働こうとする者もやりにくいでしょう。

 ですから、安心して眠ることができますね。

 それでは、おやすみなさい。


 あなたの遠い親戚でもある、美しすぎる私より


 追伸:愛はこちらからは籠めないので、薬で足してください。


 アーヴェルト・ランダ・ウィンズストンより


====


「ば、ば、ばれてるじゃないの~!」


 この書簡は「お前がやったこと、把握してるぞ。震えて眠れ」と暗に言っている。


 しかし、書簡だけということは、注意で済ませてくれるみたいだ。


「ああ……王太子殿下の好感度を下げてしまったわ! それにしても王太子殿下のお手紙、いい匂い。ドキドキしますわ……」


 この国の階級社会の最上位に君臨する王族。

 その中でも際立って美しく、英明かつ清高で、気品あふれる王太子。

 いつもリセリアを泰然とした態度で見下す彼に一度でいい、媚薬を盛ってやりたい。


 赤くとろとろに蕩けた端正な顔を見てみたい。

 隙なく纏った上等の衣服を乱して、火照った肌を露出させて愛撫し、喘がせたい。


 ああっ――滾る!


 リセリアは書簡を抱きしめ、すりすりと頬ずりした。脳内では書簡が王太子としてイメージされている。


「あんっ、殿下の肌、白~い。すべすべ。いい匂いですわっ。気持ちいいですか殿下? うふふ。ここが気持ちいいのですね……はぁ、はぁっ……もっとお声を聞かせてくださいまし……! ふう、ふうっ」


 ひとしきりエキサイトしてから、ふと正気に返る。賢者タイムだ。


「ふう……」


 リセリアは虚しく書簡を畳み、「どうやったらわたくしの欲望が叶うかしら」と悩ましく呟いた。

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