「錬金術師さん、それではまた明日……」
「ええ、花屋さん。また明日」
事件を夜勤の警備担当騎士たちに引き継いで、花屋さんとプレドュスがいい感じに「また明日」とお別れをした後。
「お嬢様も、また明日……」
「待ってプレドュス。私たちの今日はまだ終わらないの。とっても急ぎのご用があって……」
「えっ」
背を向けて家に入ろうとする赤毛の三つ編みをぎゅっと握って引き止めると、彼は鳶色の瞳をぱしぱしと瞬きさせて、家に入れてくれた。
「お入りください、ロザリーお嬢様」
「ありがとう、プレドュス」
ごめんなさい。でも、一日でも早い方が絶対いい。
プレドュスの家の天井はアーチ状で、ところどころに
銅製の大釜があり、中で何かがコトコト煮えている。時々ぷくりと泡が弾け、虹色の煙が立ち上がっている。近くに置かれた螺旋状の管や蒸留器が繋がれた器具からは、ゆっくりと蒸気が漏れ出していた。
こういった大釜や器具が、たまに爆発するんだって。
壁には古い地図や鷹や狼の絵画、星座図が掛けられている。
木製の棚には青や緑、銀色に輝く液体が入っている薬瓶や鉱石、古めかしくて分厚い本や奇妙な標本がある。
数式や謎めいた図形が描かれた羊皮紙や、赤い粉末と結晶が載せられた金属製の秤もある。
絨毯はところどころシミがあったり、ハゲていたり。
そんな家の中の応接用テーブルセットに案内して、プレドゥスはお茶を淹れてくれた。
「ロザリーお嬢様。よく眠れるように気持ちの安らぐカモミールティーをお淹れしましたよ」
「ありがとう、プレドゥス」
まんまる眼鏡を曇らせたプレドゥスの笑顔は、ちょっと頼りないけど安心して頼み事ができる雰囲気だ。
木製の杯からは、薬草っぽさのあるカモミールの匂いがした。湯気が温かくて、すすると体によさそうな味がする。美味しい。
「プレドュス。詳しいことは言えないけど、まだこの大陸のどこにもない、新しい薬の開発を依頼したいの……!」
――じゃがいもの芽を使って。
私の異能は、自分が知っている全てを他人に詳しく語ることを許してくれない。
だから、言葉をつっかえながら辿々しく「この言い方なら言えるかな?」「この単語はオーケー?」と試行錯誤しながら話をする。
「上手く言えないんだけどね。えっと、……、これ言えない。じゃあ……、……、ううん、なんて言ったらいいんだろう。待ってね、プレドゥス」
「ええ、ええ。焦らなくても大丈夫ですよ、ロザリーお嬢様。待ちますから」
たまにこんな話し方をする私に、プレドゥス決まって同情的な顔をする。
「ロザリーお嬢様は、何かを伝えたいお気持ちが
優しい声で言って、プレドゥスは話を根気強く聞いてくれた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――『ロザリー・サマーワルスの日記帳』
●月△日。
夜会の警備をした。薔薇園で殿方が殿方に性的に襲われていた。助けた。
新しい未来を見た。プレドュスと花屋さんが両想いになった。
異能に振り回されてばかりの人生だ。
「この文字が読める人がいつか現れるかもしれない」という期待を胸に、ちょっと自分のことを書いてみようと思う。
私は異能持ちだ。
この異能については、他の人にしゃべることができない。
文字に書いて「読んで」と言っても、「何を書いたの? 読めないわ」と言われてしまう。
不思議だ。
でも、この異能のおかげで救えた命がいっぱいある。
最初に異能に気付いたのは、5歳の時だった。
怖かったから、よく覚えている。
真夏の青空市場での出来事だった。
「お誕生日が近いので、欲しいものを買ってあげる」と言われた私は、おおはしゃぎしていた。
家の困窮ぶりをまだ知らなくて、こっそりお母様が自慢の長い髪を切ってお金に変えていることにも気づかなかった。
無知な私は異国の万華鏡やレースのリボンやクマのぬいぐるみや真っ黒な子犬に夢中になっていた。
「あれも欲しい、これも欲しい」と欲しがるから、きっとお母様は困っていたかもしれない。今思い返すと、お母様に申し訳なくなる。
当時は何も心配することなく、ただ楽しくて幸せだった。
そんなとき、異能が発現した。
魔道具の爆発事故が起きて、近くを通りかかったお母様と自分が巻き込まれて死ぬ悲劇が見えたんだ。
お母様に「そっちに行っちゃだめ」と引き留めていると、爆発が起きた。
引き留めるのが遅かったら、巻き込まれていた――ゾッとした。恐ろしくて、数日間、高熱を出して寝込んだ記憶がある。
その後も似たような事件が何度かあって、私は「自分には、稀に破滅の未来を見る能力があるんだ」と思った。
言葉で直接的に言うことができなくて、文字でも教えることができない。
遠回しに「お母様! なんか、私、特別な存在かも! すごいかも!」と一生懸命に表現しようとしたことはあるけど、お母様は生暖かい目をした。
たぶん、「子供特有の過剰な自意識とか妄想みたいなね。子供らしくて可愛いわね」的な優しすぎる眼差しだった。
思い返すと、ちょっと恥ずかしい。
なんだかダラダラと書いてしまったけど、今日は男性に襲われた貴公子を助けて弟を救命できたし、花屋さんも救えたし、花屋さんとプレドュスが両思いになった。
すごく不思議そうにされたけど、プレドュスに流行病の薬の開発を頼むこともできたので、よかった。
プレドュス、お薬開発がんばってね!