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3、いつか現れるかもしれない、あなたへ

 腹を満たしてくれた食べ物は、栄養として生きる活力になる。

 今日のじゃがいもは、明日の私の源だ。

 じゃがいもさん、ありがとう。ごちそうさまでした。


 食べ物に感謝しつつ、サマーワルス男爵家は夕食を終えた。

 いつかこのじゃがいもに、緑色の葉っぱやお肉といった料理を加えたいものだ。夢は大きく、フルコース。


「ごちそうさま。私、ちょっと出かけてくるね!」


 食事の後、私は大きな夢と使命感を胸に抱いて家を出た。

 「明日でいいじゃない」と怠けると、その1日が命取りになったりする。

 世の中は厳しいのだ。

 「1分行動が遅れたら死ぬ」と思うくらいで、ちょうどいい。


「ふう……」


 寒い。

 外はもう真っ暗だ。

 三角屋根の建物が並ぶ王都の上空に、宝石の粉をまぶしたみたいに小さな星がたくさん煌めいている。あの星々が全部、神様だと思うと、なんとなく嬉しくなる。

 誰かが見守ってくれていると思うと、「がんばろう」って思える。

 神様という存在は、日々を生きる心の支えになるのだ。


 ぶるっと身震いしつつ歩き出すと、黒犬のバロンが尻尾を振って寄ってきた。


「わふ、わふっ」 


 嬉しそうに走ってくるから、こっちも嬉しくなってくる。

 犬は貧乏とか気にしたりしないんだと思う。いつも元気で、「ぜんぜん心配することないよ、今って最高だよね」って感じなんだ。心が救われる。


「バロン。付いて来るなら、お散歩紐を付けるわよ。あなたはすっごく賢いけど、放し飼いだと心配する人がいるの」

「わうっ」


 バロンは「わかったよー」と言うように片足を上げた。愛くるしい仕草に、気持ちが緩む。

 ぎゅっと抱き着くと、ふさふさの毛が気持ちいい。

 安心する匂いがする――あったかい。


「バロン。あなたって癒し系よね。大好き!」

「くうーん」


 お散歩紐を付けてバロンと一緒に向かうのは、軍神の涙ラクリマ・ルティスを売ってくれた錬金術師プレドュスの家だ。

 ちなみに、錬金術師とは、薬や金属を作ったりする職人のことである。


 プレドュスの家は、そんなに遠く離れていない。数分の距離にある。


 市場の露天はほとんど閉じられており、昼間の賑わいが嘘のように静まり返っていた。

 愛嬌があって人気の花屋さんの前をまっすぐ通過して、曲がり角を右に曲がる。

 月明かりが石畳を淡く照らし、街灯の代わりに並べられた燭台の灯火が風に揺れていた。

 プレドュスの家の手前にある宿屋兼酒屋の近くの通りには、人が数人たむろしていて、お酒の匂いがした。

 旅の吟遊詩人が置き忘れたという音の出ない竪琴が、酒場の前の樽に雑に置かれている。


 そこを通過すると、もうプレドュスの家だ。

 三角屋根に煙突が付いている貸家で、オーナーは外国の承認らしい。


「プレドュス、夜分にごめんなさい。急用なの」


 プレドュスは他国から来た38歳の男性。まんまる眼鏡をかけていて、長い赤毛を三つ編みにしている。

 私の髪の色が赤毛だから「親近感が湧く。親戚気分でサービスする」と言って薬を安く売ってくれるいい人だ。

 いつも頼らせてもらっている。


「さっき薬を買って行ったのに、また戻ってきちゃってどうしたんです、ロザリーお嬢様?」


 プレドュスが不思議そうに問いかけてくるので、「ごもっとも」と思いながら用件を伝えようとした瞬間、天啓のように閃くものが――再び異能が働いたのだ。


「またかー!」


 今回見えたのは、プレドュスが不幸になる光景だった。


 路上に点々と散る、真っ赤な薔薇の花。

 転がる指輪は、白銀のアームに黒い宝石が填められていた。黒瑪瑙オニキス

 地面には赤黒い血痕がある。

 事件現場の光景だ。

 王都の人々が噂するヒソヒソ声が聞こえてくる。現在ではなく、未来の私が耳にする声だ。


『昨夜、花屋のお姉さんが亡くなったって』 

『告白を受けてもらえなかった腹いせだって』

『酷いわね……』


 片想いしている花屋のお姉さんが通り魔に刺されて、嘆くプレドュス。

 傷心の彼は荷物をまとめて、国を出る……。


「待ってええええ!? 花屋さん~~っ!?」

「え、えっ? 花屋さんがどうしたんです、ロザリーお嬢様? どこに行くんです? 花屋?」


 私は慌てて踵を返し、バロンと一緒に花屋の方向にダッシュした。

 宿屋兼酒場の前を駆けて、曲がり角を曲がって。


 すると、異能で見たのと同じ薔薇の花束が地面に転がっている。それに、悲鳴が。


「きゃあああああ!」

「君が悪いんだっ! 他の男のものになるくらいなら、君を殺して僕も死ぬっ!」


 花屋さんは、店の前で大柄な男に刃物を向けられていた。

 男の顔には、見覚えがある。花屋さんに片想いしている独身男性たちのうちのひとりだった。

 ほんわか、癒し系な雰囲気の花屋さんは、モテるのだ。


「……待ちなさいっ! 騎士道!」


 鋭く声を放ったのは、注意を引き、威嚇するため。

 花屋さんに「助けが来た」と知らせて安心させるため。

 そして、自分を奮いたたせるため。騎士道!


「ばうっ」


 犬のバロンが勇ましく吠えている。

「行け」ってけしかけてくれているみたい。


 すぅっと息を吸い、靴の踵で地面を力一杯蹴る。

 勢いよく突進する視界の端を景色が後ろに流れていく。


「――やぁっ!」

「ぎゃっ!」


 至近距離に肉薄して渾身の気魄きはくを込めて蹴りを放てば、いとも容易く男は蹴り飛ばされて地面を転がった。ふう、騎士道。


「……花屋さん!」

「れ、……錬金術師さん?」


 錬金術師プレドュスが花屋さんに駆け寄り、抱きしめている。

 よかった。助けることができたよ騎士道。


「はあ、……よかった……」


 安堵の吐息をつき、私は男を見下ろした。

 パーティでの強姦魔といい、殺人未遂男といい、なんだか男嫌いになってしまいそう。


「花屋さんが悪いわけないでしょっ! 振られたからって心中を迫るな!」


 あ、指輪が落ちてる。

 未来視で見た黒い宝石だ。おお……。


「……その指輪、私がもらってもいい? あ、ごめん。だめだよね、わかってる。つい言っちゃっただけ」


 さすがにこの指輪を「いただきます、そして売ります」とは言えない。

 お金には困っているけど、私は騎士である。後ろ暗いことは、しないのである。

 私が指輪に「さよなら!」と別れを告げていると、ツンと鼻を突く匂いがした。うん?


「は、は、花屋しゃんが悪いんだぁ……っ! ぼ、ぼ、僕よりも、錬金術師がしゅきだって、言うからぁっ……」

「漏らすことないでしょ……」


 怯えた男が失禁して失恋の悲しみをぶちまけたタイミングで、警備兵が駆け付けてきた。

 ところで――


「は、花屋さん……私のことが……?」

「きゃっ、や、やだ。ばらされちゃった。恥ずかしい……」


 振り返ると、錬金術師と花屋さんは2人の世界を作り出している。お似合いだと思う。


 ――両想い、おめでとう……!



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