腹を満たしてくれた食べ物は、栄養として生きる活力になる。
今日のじゃがいもは、明日の私の源だ。
じゃがいもさん、ありがとう。ごちそうさまでした。
食べ物に感謝しつつ、サマーワルス男爵家は夕食を終えた。
いつかこのじゃがいもに、緑色の葉っぱやお肉といった料理を加えたいものだ。夢は大きく、フルコース。
「ごちそうさま。私、ちょっと出かけてくるね!」
食事の後、私は大きな夢と使命感を胸に抱いて家を出た。
「明日でいいじゃない」と怠けると、その1日が命取りになったりする。
世の中は厳しいのだ。
「1分行動が遅れたら死ぬ」と思うくらいで、ちょうどいい。
「ふう……」
寒い。
外はもう真っ暗だ。
三角屋根の建物が並ぶ王都の上空に、宝石の粉をまぶしたみたいに小さな星がたくさん煌めいている。あの星々が全部、神様だと思うと、なんとなく嬉しくなる。
誰かが見守ってくれていると思うと、「がんばろう」って思える。
神様という存在は、日々を生きる心の支えになるのだ。
ぶるっと身震いしつつ歩き出すと、黒犬のバロンが尻尾を振って寄ってきた。
「わふ、わふっ」
嬉しそうに走ってくるから、こっちも嬉しくなってくる。
犬は貧乏とか気にしたりしないんだと思う。いつも元気で、「ぜんぜん心配することないよ、今って最高だよね」って感じなんだ。心が救われる。
「バロン。付いて来るなら、お散歩紐を付けるわよ。あなたはすっごく賢いけど、放し飼いだと心配する人がいるの」
「わうっ」
バロンは「わかったよー」と言うように片足を上げた。愛くるしい仕草に、気持ちが緩む。
ぎゅっと抱き着くと、ふさふさの毛が気持ちいい。
安心する匂いがする――あったかい。
「バロン。あなたって癒し系よね。大好き!」
「くうーん」
お散歩紐を付けてバロンと一緒に向かうのは、
ちなみに、錬金術師とは、薬や金属を作ったりする職人のことである。
プレドュスの家は、そんなに遠く離れていない。数分の距離にある。
市場の露天はほとんど閉じられており、昼間の賑わいが嘘のように静まり返っていた。
愛嬌があって人気の花屋さんの前をまっすぐ通過して、曲がり角を右に曲がる。
月明かりが石畳を淡く照らし、街灯の代わりに並べられた燭台の灯火が風に揺れていた。
プレドュスの家の手前にある宿屋兼酒屋の近くの通りには、人が数人たむろしていて、お酒の匂いがした。
旅の吟遊詩人が置き忘れたという音の出ない竪琴が、酒場の前の樽に雑に置かれている。
そこを通過すると、もうプレドュスの家だ。
三角屋根に煙突が付いている貸家で、オーナーは外国の承認らしい。
「プレドュス、夜分にごめんなさい。急用なの」
プレドュスは他国から来た38歳の男性。まんまる眼鏡をかけていて、長い赤毛を三つ編みにしている。
私の髪の色が赤毛だから「親近感が湧く。親戚気分でサービスする」と言って薬を安く売ってくれるいい人だ。
いつも頼らせてもらっている。
「さっき薬を買って行ったのに、また戻ってきちゃってどうしたんです、ロザリーお嬢様?」
プレドュスが不思議そうに問いかけてくるので、「ごもっとも」と思いながら用件を伝えようとした瞬間、天啓のように閃くものが――再び異能が働いたのだ。
「またかー!」
今回見えたのは、プレドュスが不幸になる光景だった。
路上に点々と散る、真っ赤な薔薇の花。
転がる指輪は、白銀のアームに黒い宝石が填められていた。
地面には赤黒い血痕がある。
事件現場の光景だ。
王都の人々が噂するヒソヒソ声が聞こえてくる。現在ではなく、未来の私が耳にする声だ。
『昨夜、花屋のお姉さんが亡くなったって』
『告白を受けてもらえなかった腹いせだって』
『酷いわね……』
片想いしている花屋のお姉さんが通り魔に刺されて、嘆くプレドュス。
傷心の彼は荷物をまとめて、国を出る……。
「待ってええええ!? 花屋さん~~っ!?」
「え、えっ? 花屋さんがどうしたんです、ロザリーお嬢様? どこに行くんです? 花屋?」
私は慌てて踵を返し、バロンと一緒に花屋の方向にダッシュした。
宿屋兼酒場の前を駆けて、曲がり角を曲がって。
すると、異能で見たのと同じ薔薇の花束が地面に転がっている。それに、悲鳴が。
「きゃあああああ!」
「君が悪いんだっ! 他の男のものになるくらいなら、君を殺して僕も死ぬっ!」
花屋さんは、店の前で大柄な男に刃物を向けられていた。
男の顔には、見覚えがある。花屋さんに片想いしている独身男性たちのうちのひとりだった。
ほんわか、癒し系な雰囲気の花屋さんは、モテるのだ。
「……待ちなさいっ! 騎士道!」
鋭く声を放ったのは、注意を引き、威嚇するため。
花屋さんに「助けが来た」と知らせて安心させるため。
そして、自分を奮いたたせるため。騎士道!
「ばうっ」
犬のバロンが勇ましく吠えている。
「行け」ってけしかけてくれているみたい。
すぅっと息を吸い、靴の踵で地面を力一杯蹴る。
勢いよく突進する視界の端を景色が後ろに流れていく。
「――やぁっ!」
「ぎゃっ!」
至近距離に肉薄して渾身の
「……花屋さん!」
「れ、……錬金術師さん?」
錬金術師プレドュスが花屋さんに駆け寄り、抱きしめている。
よかった。助けることができたよ騎士道。
「はあ、……よかった……」
安堵の吐息をつき、私は男を見下ろした。
パーティでの強姦魔といい、殺人未遂男といい、なんだか男嫌いになってしまいそう。
「花屋さんが悪いわけないでしょっ! 振られたからって心中を迫るな!」
あ、指輪が落ちてる。
未来視で見た黒い宝石だ。おお……。
「……その指輪、私がもらってもいい? あ、ごめん。だめだよね、わかってる。つい言っちゃっただけ」
さすがにこの指輪を「いただきます、そして売ります」とは言えない。
お金には困っているけど、私は騎士である。後ろ暗いことは、しないのである。
私が指輪に「さよなら!」と別れを告げていると、ツンと鼻を突く匂いがした。うん?
「は、は、花屋しゃんが悪いんだぁ……っ! ぼ、ぼ、僕よりも、錬金術師がしゅきだって、言うからぁっ……」
「漏らすことないでしょ……」
怯えた男が失禁して失恋の悲しみをぶちまけたタイミングで、警備兵が駆け付けてきた。
ところで――
「は、花屋さん……私のことが……?」
「きゃっ、や、やだ。ばらされちゃった。恥ずかしい……」
振り返ると、錬金術師と花屋さんは2人の世界を作り出している。お似合いだと思う。
――両想い、おめでとう……!