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紅の騎士ロザリーの拝金お仕事日記 ~王太子殿下、その指輪も売ってよろしいのですか?
紅の騎士ロザリーの拝金お仕事日記 ~王太子殿下、その指輪も売ってよろしいのですか?
朱音ゆうひ
異世界恋愛ロマファン
2024年12月25日
公開日
1.6万字
連載中
男爵令嬢でもある女騎士ロザリーは、お金に困っている。
家が貧乏だから。弟が病弱だから。異能で不幸な未来とその回避方法が見えちゃうから。
そんなわけで、ロザリーは王太子殿下が贈ってくれる指輪を今日も売る。
王太子殿下は気前よく指輪を贈ってくれるし、売ってもいいよと笑ってくれる。
殿下、いつもありがとう!

1、殿方が性的に襲われていた

 ●月△日。

 夜会の警備をした。薔薇園で殿方が殿方に性的に襲われていた。助けた。


 ――ロザリー・サマーワルスの日記より。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ちょっときいてほしい。

 今夜中に100万金貨を稼がないと、弟が死んでしまうんだけど、どう思う?


 100万金貨は、生活費に換算すると中流家庭が贅沢に暮らせる12か月分のお金だ。

 現在は、夜の21時。

 タイムリミットは、残り3時間。私は警備騎士としてパーティ警護のお仕事中……。

 これはもう、人の道を踏み外し、パーティ客の金品を盗んだりするしか方法がないのでは?


 そんな風に私が追い詰められた夜。

 この王国で指折りの上流貴族、ジャントレット公爵家の邸宅でパーティが開かれた日の出来事だ。


 新米騎士の私、ロザリーは、茶髪の男性が性的に押し倒されている現場に居合わせた。


「や、やめっ……」

「手紙を持ってここにいて、名前を呼んだら返事したんだから合意ってことだろう」

「そ、そんなつもりは……ぬ、脱がすな。触るな! あっ」


 黒い闇の中で、刃物が被害者の喉元に突き付けられる。


 うーん。

 どう見ても脅して性行為に及ぼうとしているようにしか見えませーん。

 事案だ、事案。

 警備の仕事をしていた私としては、見逃せない案件である。声をかけよう。


「相手が嫌がっているのに押し倒して性行為を迫るのは、よくないと思います。嫌がるふりをして望んでいる場合もあると言いますけど……違いますよね?」


 被害者に視線を向けると、彼はコクコクと頭を上下させて頷いた。


「違います。俺、男に抱かれたくありません。俺は王太子殿下に身も心も捧げているのです」


 その言い方だと「王太子殿下になら抱かれてもいい」と言っているように聞こえるけど、気にしないでおこうかな。

 大切なのは「合意なく強姦されそうになっていた」という点だ。

「今のはそういうプレイでした。邪魔しないでほしい」と怒られたらどうしようかと思った。

 想像しただけで気まずい事態である。よかったよかった。

 では、安心してお仕事をしよう。


「違っててよかったです。では、この会場を警備する騎士として、私ロザリー・サマーワルスが強姦を注意いたします。今夜のパーティは、名門ジャントレット公爵家のご威光のもと、優雅に上品に催されています。そのパーティの夜に、薔薇園で淫猥な行為を強要するのは、許されません。公爵様の名誉を汚す行いですっ」


 我ながら騎士道精神を感じる立派なお気持ち表明だと思う。

 公爵様の名誉を盾にすれば、相手も恐れ入ることだろう。こういうのを「虎の威を借りる狐」というのだったか。

 しかし、相手は恐れ入る様子がなかった。


「なんだ、お前――その騎士服は、入隊してすぐで、まだ所属先も決まっていない新米のものだろう。偉そうに公爵様説教を垂れやがって。公爵様のご威光を許可なくひけらかすお前の方が不届き者であるぞ」


 強姦魔は、「はい、やめます。ごめんなさい」とは言ってくれなかった。

 それどころか、刃物をこちらに向けてきた。

 果物ナイフみたいに小さな刃物だけど、刃先にねっとりとした軟膏みたいなものが塗られている。

 媚薬とかだろうか? いやだなあ。


 強姦魔の手を、私は冷静に見極めた。

 力の入り方、手首の角度、動き出すタイミング――すべてが読める。


「強姦魔さんが刃物を向けてきたので、自分の安全のためにも武器を落とさせてもらいますね! 正当防衛です。騎士道!」


 騎士道、とは、「私は正しい騎士の在り方を大切に思ってます」というスタンスのアピールみたいなものだ。とりあえず困ったら口にしておけ、と教えられている、騎士道。


 私は一歩踏み出し、剣の鞘で強姦魔の手首を強かに打った、騎士道。

 予想通り、ナイフから手を離した彼は驚きと痛みで身を引く、騎士道。

 その隙に私は剣を素早く抜き、白銀の刃を月光に煌めかせた、騎士道。

 我ながら格好よく決まったと思う――、ふう、騎士道。


「次の一手を選びますか? それともここで引きますか? 騎士道?」


 加害者が剣の切っ先を見て怯んだ瞬間、私は素早く手首を回転させ、刃を最小限の動きで一閃した。

 肩先をかすめる程度の威嚇に留めたが、それだけで十分だった。

 彼は地面に尻餅をつき、降参してくれた。


「わ、悪かった……! 乱暴はよしてくれ」

「なんか、こっちが暴漢みたいな言い方するじゃないですか。今、上官を呼びますね、騎士道」


 私は剣を鞘に収め、助けた被害者を振り返った。

 気分は英雄だ。物語でよくあるじゃない? 騎士様がお姫様を助けるの。

 私は今、物語に出てくる騎士様になれたんだ。


「ええと、そこの被害者さん。お怪我はありませんか? 騎士道?」


 被害者は茶髪。推定、20代前半だ。

 コクコクと顎を上下させて「助かりましたけど、騎士道って言いすぎだと思います」と感想を言いながら感謝してくれた彼は、今夜のお姫様だ。


「お手をどうぞ、お姫様」

「姫って僕ですか?」


 私がお姫様に手を差し出したとき、別の青年の声が響いた。

 もっさりと生い茂った薔薇の生垣から。


「やあやあ、失礼するよ。彼は私の親友であり乳兄弟であり専属護衛騎士なのだ。助けてくれてありがとう。ちなみに私はけっして、従者が襲われるよう仕向けて遊んでいたわけではないよ」

「はい?」


 柔らかな美声の持ち主は、 推定、20代前半の青年貴公子だった。

 がさがさと茂みをかき分けて出てきたけど……今まで隠れていたの?

 近くに歩み寄る彼からは、爽やかな果実みたいないい匂いがした。


「ずっと物陰で様子を窺っていたが、見事なお手並みだった。それに、騎士道騎士道と言っているのがなんだか愛嬌を感じたな」

「えっと、なぜ、ずっと物陰に?」

「個人的な趣味なので、気にしないでくれたまえ」

「ええ……?」


 貴公子は目元を覆う仮面をしているが、たいそう整った顔立ちをしている。

 月の滴を溶かして流したような白銀の長い髪が、さらりと揺れる様子が美しい。

 衣装や装飾品などを見る限り、かなり身分が高い。

 温厚な雰囲気だ。余裕があって、おおらかな感じ……優しそう?

 しかも、見るからに高価な大粒の宝石の指輪を差し出してくる。


「ロザリー・サマーワルス男爵令嬢。私の騎士シオンを助けてくれたことに感謝する。あなたの華麗な剣捌きを称えて、指輪を贈ろう」


 えっ。これ、くださるの?

 ほんとに? 実は私、今ちょうどすっごくお金に困っていたんだけど。

 う、う、売っても……いい?

 聞いてみる?


「売ってもよろしいですか?」 

「今年入隊した新人騎士に俊敏で技巧に優れた女性がいるという話は、本当だったんだね。カーネリアン・オレンジの瞳に、燃えるような赤い髪。薔薇の色を同じだね、綺麗だ。顔立ちは少し幼く見える……可憐な美貌についても、噂通り……ところで、今、不思議な単語が聞こえたな。売……る?」


 目の前の貴公子は、仮面の奥の目を見開いた。

 瞳の色は、宝石のアメジストみたいな紫色だ。

 紫は王家の血統にあらわれる貴色で、色ガラスなどで色を偽っていなければ、たいそう貴き血統ということになる。

 名前を名乗ったりもしない――「騎士なら名前をわかっていて当然」という遥か高みの地位の人なのかも。


「はいっ! 売りたいんです。この素敵な指輪を! 今すぐに!」

「え……え?」


 上流貴族の人は感情を表に出さない食わせ者も多いけど、この人は表情が変わるタイプか。

 知り合って間もないけど、安心してお願いできる雰囲気がある。


「人の命がかかっていまして、ほんっとーにお願いです。ぜひぜひ売らせて。全力で靴を舐めますから」

「な、舐めるなっ。いや、舐めなくてよろしい」


 貴公子は、若者らしく慌てた様子で言ってから、落ち着いた言い方に言葉を直した。


 このお方、大丈夫かな?


 貴族社会を泳ぐ上流貴族は、本当に考えていることを巧みに隠し、笑顔で優雅に他人を陥れていく智者が、優位に立ちやすい。

 一見、煌びやかで優雅な社交界は、陰険腹黒マンの遊戯盤なのだ。しかも、その遊戯で誰かが破滅する。怖ろしい。


 でも、この貴公子、なんだかあまり腹芸が得意そうに見えない。

 こんなんで貴族社会で生きていけるのかな?

 お付きの騎士シオンさんも、男に押し倒されてアタフタしてたしなあ。

 頼りないんじゃないかなあ。


「貴きお方をびっくりさせてしまって、申し訳ございません。ところで、私、指輪は本当に欲しいのでございます!」

「売るために?」

「はいっ! そちらの騎士様の貞操の恩人ということで、どうか売却のお許しをくださいませ。コッソリ売ってもいいのですが、やはりご許可をいただいた方が誠実かなと思いまして、お伺いを立てております」


 貴公子の唇が、「せいじつ」という音の形を辿る。


「まあ、構わないよ。私は人に贈り物をするのが好きなのだが、贈り物は、贈ること自体に気持ちよさがある」

「おおっ」

「贈られた物をどう扱うかは、受け取った側の自由だ。どう扱われても、私は気にしない。好きにしなさい」


 こ、このお方――気前がいい!


 わけあってお金が必要な身としては、ありがたすぎる存在だ。


 遥か高みから注ぐ月光が、明るさを増したように感じられた。

 これが天の恵みというやつだろうか。ありがとう、神様。

 薔薇の香りを含んだ夜風が心地いい。


「ありがとうございますーっ! 全力で恩に着ますーっ!」

「うん、うん。喜んでもらえて私も嬉しい。今後も仕事に励んでくれたまえ、騎士ロザリー・サマーワルス」


 貴公子は、「手をお出し」と言った。

 命令することに慣れている人特有の調子だ。声は音楽的な響きがあって、耳心地がいい。


 手を出すと、果実飴をくれた。

 真っ赤な果実飴は艶々していて、一日の疲労が吹き飛ぶくらい、甘かった。


 こうしてはいられない。

 私は上官に許可をいただき、指輪を売りに行った。指輪はぴったり100万ゼニーで売れて、運命を感じた。

 神様が「人の道を踏み外してはいけませんよ」と言ってくれたんだ。

 私は、そう思った。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ――『王国騎士団の事件記録』


 事件現場は、名門ジャントレット公爵家が王都に所有する豪邸の薔薇園だった。


 この日、王太子アーヴェルトの乳兄弟でもある専属騎士シオンは王太子の命令でおとりになり、貞操の危機に晒された。

 そこを新人騎士のロザリー・サマーワルスが救出し、王太子はその腕前と可憐な容姿を気に行って指輪を贈った。

 騎士ロザリーは指輪を喜んで受け取り、その夜のうちにオークション会場に持ち込んで高額で売りさばいたのだった。


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