カウンターに置かれた依頼品を見て、受付嬢が呆気に取られた。
彼女は一拍の間を開け、口を開く。
「これはまた、大量に取ってきましたね」
皮肉とも称賛とも取れる絶妙な言い回し。アッシュは有り難く後者と受け取った。
「どうやってこんなに?」と受付嬢が聞く。
依頼内容は希少薬草とキノコの採取。
アッシュが持ち込んだ成果は、同じ依頼を別の冒険者に頼んだ場合の実に三倍以上だった。
「山村の育ちでね、探し方を心得ているだけだ。それよりも、ぜひ査定をよろしく」
アッシュに促されて、受付嬢は鑑定士を呼んだ。依頼品を仕分けてもらいつつ、待ち時間と並行して書類を書き進める。
明細と共に渡された金貨の枚数を数え、アッシュは収納魔法に放り込んだ。
「最近凄く稼ぎますね」
関心する受付嬢。だが無理もないだろう。
元々Cランク以上の実力を持つアッシュだが、ここ数日の稼ぎはBランクに匹敵していた。Dランクとして護衛依頼などが受けられないにもかかわらず、ギルドの稼ぎ頭となっている。
「朝から晩まで働いておるからの。付き合わされる我も眠たくて仕方がない」
ヴェロニカが文句を言う。
「宿で休んでいてもいいと言ってるだろ」
「働かざるもの食うべからずじゃろうて」
「ヴェロニカはついてきてるだけで働いてないけど」
軍用魔法を使う機会など滅多にある筈もなければ、採取も群生地でもない限り、アッシュの方が目標の発見が早かった。寧ろ足が遅い分、邪魔ですらあった。
「本当に仲がよろしいですね」
受付嬢がニコニコしながらそんなことを言ってくるので、アッシュは肩を落としながらカウンターを離れた。
ヴェロニカが服の裾を掴んでくる。
「我も気になっていたのじゃが、何故そんなに急いで金を稼ぐんだい? もう生活費は十分に足りておるじゃろ」
「もうすぐオークションがあるんだ」とアッシュ。
「聞いた我が馬鹿じゃった。本か結局」
「そう、本だ。そんな訳だから明日から遠出する。今日はひとまずリッパー教会の司者に挨拶して、宿の主にも話をしないとな」
教会に向かって歩き出すアッシュ。
「わざわざ挨拶に行くのかい?」と訝しい表情をしたヴェロニカ。
「喧嘩を売りにいく訳じゃないぞ。俺達の姿が唐突に消えたら、司者が勘ぐるだろう。行先だけでも告げておけば、変に探りを入れられずに済む」
「戦争も辞さぬと言っておきながら、配慮はするのじゃな」
「オークションに支障が出ると困るからな」
一事が万事。本を中心に回っているアッシュにとって、今回のオークションは絶対に邪魔されたくない重要なイベントだった。
呆れ顔のヴェロニカがアッシュを見上げて聞く。
「大きなオークションなのかい?」
「不定期に開催される、書物だけの特別なオークションだ。近くに古書市場も立つ。ビブリオマニアの祭典と言っていい」
「汚い。涎が出とるぞ」
「おっと、いかん。あの匂いを思い出してだけでつい、な。やっぱ良いよな、古書の匂いは」
「リッパー教会は快癒の神じゃろうて。ついでに頭の具合を診てもらってはどうだい?」
残念ながら、手遅れですね。
リッパー教会に到着した、末期の活字中毒患者とヴェロニカは、堂々と正面から礼拝堂に入った。
傷病者の治療に関しては併設の治療院で行う為、礼拝堂は純粋に礼拝を行う為だけの施設。今も信者や患者の親族らしき者が、礼拝堂の奥に安置されたリッパーの紋章に祈りを捧げている。
「ここがあの神の根城じゃな」とヴェロニカ。
「石作りだから燃えにくそうだよな」と続けるアッシュ。
「止めんか」
本を燃やされた、という恨みの炎も通じない耐火性の礼拝堂を見回していると、奥から司者が歩いてきた。険しい顔をしているのは、アッシュ達が殴り込みに来たとでも考えているからだろう。
アッシュはニコリと腹黒さが伺える笑顔を浮かべ、十年来の旧友に再会したかのようなテンションで声を掛けた。
「どうも、こんにちは。ちょっと港街サウスボンスまで遠出するので、旅路で怪我がないよう祈りに来ました」
オークションの開催地を出しつつ自然に切り出すアッシュ。司者は一瞬考えるような素振りをしたが、アッシュ達が殴り込みに来た訳ではないと察し、警戒の色を滲ませつつも真摯な対応に出た。
「そうですか、では奥へどうぞ。作法についてはご存知ですか?」
「ええ、存じてますよ。ヴェロニカはどうだ?」
「知っておる。冒険者が話しておったからな」
リッパーの紋章の前で祈っている信者達が、場所を開けるの待ちつつ、司者がアッシュを探るように見る。
「サウスボンスにはリッパー教会の枢機卿が滞在予定ですよ」
「へぇ、そうなんですか」
スッと、アッシュの瞳に憎悪の火が灯ったのを、いち早く察したヴェロニカ。反射的に服を引っ張り、気を引いた。
書物のオークションが開催される場所に、禁書庫を燃やしたリッパー教会の枢機卿が滞在予定。きな臭いどころの話ではない情報だ。
司者がアッシュからさりげなく距離を取った。
「サウスボンスには何をしに?」と聞く司者。
「港町に魚を食べる以外に行く筈がないでしょう」とアッシュ。
呼吸をするかの如く、さらりと嘘を吐いた。
あまつさえ、司者に質問を返す。
「枢機卿はなぜ港町に?」
「私も詳しいことは分かりませんね」
「そうですか。まぁ我々には関係ないですね」
警戒されているのは重々承知。無理に話を続けない。アッシュは神に祈りを捧げた。身体から魔力が引き出され、リッパー教会の紋章へと向かう感覚。
ある程度祈る芝居をした後、アッシュは市民証代わりの冒険者カードを見せ、台帳に記入した。
「最近、二か月以内に祈りを捧げていないと権能魔法を使ってもらえない、と聞いたんですが、本当ですか?」
台帳に記入を終えたアッシュは、冒険者ギルドでの噂の真偽を尋ねた。司者は少し驚いた表情を見せる。だが、すぐに真顔になった司者は、首を横に振った。
「リッパーは患者を選びません。しかしながら、我々の力及ばず、治す事が出来ない病気も多いのです。少しずつ克服してはいますが」
患者の遺族から罵倒されることもあるからか、条件反射のように、定型的な言葉が返ってきた。
素直に認める訳がない。
アッシュもそれ以上の追求はせず、リッパー教会を後にした。