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第18話 売り言葉に買い言葉

「怪我人は七名、いずれも軽症で死者はなし。全体の討伐数は百五十六体だ。皆よくやってくれた。今日は無礼講だ」


 魔物掃討戦の打ち上げ。冒険者ギルドの訓練場で、立食パーティーが開かれた。

 後発の回収班により、討伐した魔物の素材が大量にギルドへと納入されたことで、懐が潤っているらしい。

 テーブルがいくつも置かれ、料理が運ばれてくる。元が訓練場だとは思えない状態だが、試験でヴェロニカが抉ったクレーターが名残を感じさせた。


 埋めなくていいのだろうか、とアッシュはクレーターの淵から底を覗き込んで考えていた。

 落ちないよう、アッシュの服の裾をギュッと握り締めるヴェロニカ。自らが開けたクレーターを覗き込み、首を傾げた。


「梯子が掛けられているの」

「横穴も掘られてる。訓練場の下に地下倉庫でも作る気か?」


 冒険者ギルドは転んでもただでは起きないらしい。クレーターを覗き込んでいたアッシュ達に、副ギルド長が声を掛けた。


「新人、あまり覗きこまないでくれ」


「どうしてですか?」とアッシュが聞き返す。


 自分が開けたクレーターだけあって、用途は気になるらしいヴェロニカ。まだジッと穴を覗いている。梯子を下りたいのか、チラチラと気になっている。

 苦笑した副ギルド長は、口の前に人差し指を立てて内緒の話だ、と前振りしてから、周りに聞こえない小さな声で続けた。


「薬品倉庫になる予定だそうだ」

「えっと、それで?」


 冒険者は魔物を相手にする為、毒薬、治療薬の類に触れる機会が多い。薬品倉庫に備蓄するのも可笑しな話ではない。だが内緒にする必要が分からなかった。


 副ギルド長は「ああ、新人だもんな」と呟いて続けた。


「ここに入れるのは、傷薬だ」

「どうして、傷薬を?」


 外傷の治癒はリッパー教会の権能魔法の出番。今回の魔物掃討戦でも、医療団を派遣してもらっている程だから、ギルドとの関係は良好だろう。わざわざ外傷に備えた薬を備蓄する理由は何か。


「最近、リッパー教会が権能魔法の使用を渋っているんだ。冒険者相手にはそうでもないが、町の住人は少し不満が溜まっていてな」


「初耳ですね」と関心を示すアッシュ。


「今回の作戦で外から応援に来た冒険者にも話を聞いたが、どの町でも同じらしい。四年前から巡礼団の派遣がなくなったことも合わせて、備えておこうと思ってな。ただ、リッパー教会から支援を受けている俺達が傷薬を備蓄すると、外聞が悪い。だから外ではあまり話すな」

「事情は分かりました」


 納得して、アッシュはヴェロニカを連れてクレーターから離れた。

 副ギルド長は外から応援に来てくれた冒険者に挨拶に行く、とアッシュ達に告げて去った。つまり、挨拶よりも優先して、アッシュ達をクレーターから遠ざけたかったという事だ。

 ヴェロニカがテーブルから、パイを山盛り皿に乗せて戻って来る。


「冒険者向けじゃから、水分を抜いた干からびたパイを想像してたのじゃが、これは大当たりだの。サクサクだねぇ、サックサク」

「よかったな。他の人の分も残しておけよ」

「心得ておる。誠に美味なのじゃこれは。お、バターを乗せもよいな。アッシュもどうだい?」

「後にしておこう、なんか来るしな」

「うむ?」


 足音を聞きつけたアッシュがパイを遠慮して後ろを見る。そこにはリッパー教会の紋章をつけた男が立っていた。

 作戦中、医療班を率いていた男だ。アッシュと目が合うと、友好的な笑みを浮かべた。本心はどうあれ、この場で騒動を起こすつもりはないらしい。


「こんにちは。新人らしからぬ大層なご活躍だったそうですね」と男。


 無意識に脳内変換するアッシュは、こう受け取った。


「うちの異端者狩りが世話になったな」と。


 アッシュは溜息を吐いて続けた。


「ええ、少し腕に覚えがありまして。雑魚ばかりでしたがね」


 次は男が脳内変換。


 「異端者狩り弱過ぎ」と受け取り、男が笑みを深めた。


「町に住む者として心強いです。しかし、昨今は強い魔物も各地で確認されていますので、どうぞお気を付け下さい」


「もっと強い奴を送り込んでやろう」と受け取るアッシュ。


「魔物と親交を深めるのは不可能ですからね。まぁ強い魔物の死骸でも掲げれば、幾分か寄ってこなくなるという話もあるそうですが」


「お前らと仲良くするつもりはない。また来たらバラすぞ」と受け取った男。


 売り言葉に買い言葉。 作り笑顔でバチバチと睨み合う両者を眺めて、ヴェロニカは疲れ顔でパイを齧った。


「お主らを見ていると、折角のサクサクパイの味がせぬわ」


 ヴェロニカをちらりと見た男。一瞬戸惑ったようにアッシュと見比べた。


「本当に妹連れなんですね」と男。


「我にも雑魚の討伐ぐらいは出来ようぞ」

「私にもパイを頂いても?」

「自分で取ってくるがよい。甘えるな」


 淡々と断られた男。歩み寄りは不可能と悟ったらしい。男は周囲の目を気にしてから、静かに告げた。


「誤解があるかもしれませんが、魔物の討伐に、冒険者ギルドが動くきっかけを作って下さったこと、私共も感謝しています」


「ほお」とヴェロニカ。


 真意を探るように男を見つめてから、頷いた。

 アッシュは男の言葉の真偽を測りかねたが、ひとまず続く言葉を促した。


「それで?」と聞くアッシュ。


「これ以上の深入りは戦争になりかねません」

「成程。それはどことどこの?」

「我々と、後は記憶にないですね」


 唐突に話を打ち切って、男は背を向けて去っていった。ヴェロニカが混乱したようにアッシュを見上げ、答えをねだった。


「何だったんだい、今のは。暗喩か?」

「記憶の神『バーギィ』の神官の常套句だ」


 記憶の神バーギィの権能魔法は、忘却と記憶の呼び起こし。昔、諜報員を多用した国王が、バーギィの神官にこう尋ねた。


『バーギィの神官こそ、最も機密を握っているのではないか、と』


 対する神官の言葉は非常にシンプル。


『記憶にないですね』


 聞いたヴェロニカが「ほう」と声を漏らした。


「この逸話が転じて、バーギィを利用する諜報員やそれを利用する貴族、国を指す暗喩になったとされている」

「アッシュが異端者狩りの記憶を消したから、リッパー教会を探りに来た諜報員だと思ったのじゃな。しかし、戦争とはまた物騒な言葉だねぇ」


 ヴェロニカが顔を歪めた。


「そうだな。だがこれでリッパー教会が組織として動いているのは確定だ。この町の教会だけではないのなら、リッパー教会の権威が揺らぐネタが手に入るかもしれない」

「警告を無視してよいのか?」

「勘違いしているぞ」

「はて?」

「既に俺の本が燃やされた。戦争は始まってるんだ」


「ブレない奴じゃな」とヴェロニカが呟いた。


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