目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第16話 ドロドロ

 異端者狩りの一人がアッシュを睨み、口を開く。


「いつから我らに気付い――、」

「よっ、と」


 黒ずくめの言葉を遮り、アッシュは鉤杖の端を持って周囲の木を力任せにぶっ叩いた。

 アッシュに叩かれた木の幹がぐにゃりと曲がる。しな垂れかかるように倒れいく木々の群れが、異端者狩り達に襲い掛かった。


「は?」と異端者。


 異常な光景。異端者狩りの口は半開き。そこから遅れて自らの状況に理解した異端者狩り達が、木々を避けるべく慌てて体勢を立て直す。落下地点から逃げ出し、密集した。

 轟音を立てて地面を叩いた木々が、反動で戻っていく。


「古き良き、風通しの滑らかな封鎖世界――鳥の籠」とアッシュが唱えた。


 吹き荒れていた突風が風向きを変えた。異端者狩り達を包み込む。舞い上げる木の葉、樹皮、木の実。見る限り、その風の流れはまるで鳥籠そのもの。


「風の簡易結界、か」


 密集陣の外側にいた異端者狩りの一人が、状況を内側に知らせる。


「祖は貪欲なる――、」


 即座に打ち消そうと、密集陣の内側で詠唱が始まった。


「笑顔が一番」


 アッシュが密集陣の詠唱を遮った。

 詠唱途中に場違いな口説き文句が発せられると、突如異端者狩り達の頬が緩んだ。口角が持ち上がる。意思に反して、無理やり笑顔を作らされた。異端者狩り達は詠唱を続けられない。

 アッシュが異端者狩りに鉤杖を向けた。


「我が命ずるまま自由に囀れ――鬨の声の金孔雀」


 アッシュが魔法名を唱えた刹那、異端者狩り達の口が真一文字に閉じられた。ピクリとも動かせない。驚愕する異端者狩り達はまだ気付いていない。

 魔法を連続発動するアッシュの傍らで、こっそりと攻城魔法を詠唱している一人の少女の存在に。


「月光徒然──」


 風鈴が奏でられたような愛らしい少女の声。森に凛と木霊する。

 空中に浮かびあがった直径二メートルの月を象る球体。異端者狩り達は一人の例外もなく瞬時に理解してしまった。


 あんなもの食らったら塵も残らない、と。


「下手な動きをしたら殺す」とアッシュ。


 鉤杖を肩に担ぐ。


「どっちが悪者なのか分からぬの、これでは」


 訝しい視線でヴェロニカが言った。


「バヤジット王国法に照らし合わせれば、俺達が被害者だ。例えこいつらを皆殺しにしてもな」


 アッシュの鉤杖が地面を擦るようにくるりと一回転。打ち上がったオレンジ色の種を掴み取り、異端者狩り達に放り投げた。


「俺は優しい。正義の味方だ。だが何故お前達に気付いたかを教えてやろう」


「優しい正義の味方は問答無用で攻撃しないねぇ」とヴェロニカが指摘。


 無視したアッシュは投げつけた種を鉤杖で指し示す。


「それはドッタの種だ。まだばら撒かれた直後のな。それが道中で散見された。だから、お前達の存在に気付いた訳だ。他に質問は?」


 アッシュの問いかけを受け、異端者狩りの口が一斉に動く。


「な、何故それだけで?」


 ピタリと一致した台詞よりも、勝手に動いた口に愕然としている異端者狩り達。アッシュが面倒くさそうに溜息を吐いた。


「この森には虫がいない。虫を主食にする鳥もおらず、動物も少ない。ましてや今は魔物の掃討戦の影響で、動物も鳥も隠れている。これが前提条件だ」


 地面からドッタの実を拾い上げたアッシュは、それを指先で弄びながら続けた。


「ドッタの実は強い刺激を受けないと種をばら撒かない。つまり、俺達より先行している存在がいないと、ドッタの種が落ちている筈がないんだ」


 ドッタの実のオレンジ色の笠を外し、異端者狩りの一団に放り込む。種を噴き出しながら縦横無尽に暴れまわるドッタの実。当たった何人かの顔が苦悶に歪んだ。痛いのは一目瞭然だ。

 いつの間にかまたアッシュの魔法により、悲鳴も出せない始末。


「植物系の魔物は周囲の環境を整える習性がある。ドッタの受粉を手伝うことはあっても、種をばら撒くことはしないんだ。それが結論を導き出す」


 アッシュが口角を上げる。


「俺達の前に注意散漫なアホがいる、ってな」


 アッシュの解説は終わり。次にヴェロニカが首を傾げた。


「結局、いくつの魔法を連続使用したんだい?」

「うねれ交われ、鳥の籠、鬨の声の金孔雀、笑顔が一番、の四つだな」

「それ、全部禁術じゃろう?」

「ああ。禁書に書かれている」

「鬨の声の金孔雀は、鳥にしか作用せんと言っておったろ」

「鳥の籠は対象を鳥籠に模した風の結界に捉える魔法だが、捕えた者は魔法的に鳥と設定される副次効果付きだ。元は鷹を狩る為に使う、鷹を傷つけずに捕まえる魔法だ」


 淡々と答えるアッシュ。


「とんでもないことをしておるのは自覚しとるよな?」

「理屈を知ってれば誰でも出来るぞ。俺の蔵書を全部読んでみるか?」

「禁書は人に勧めるものではないねぇ」


 一人で攻城魔法を発動するヴェロニカですら、流れるように禁術を組み合わせるアッシュに呆れ果てた。

 アッシュは異端者狩り達に目を向ける。


「ああ、今の会話は全部君達の記憶から消えるから安心してくれ。正確に言うと、ここで君達が何をしていたのか、も全部忘却の彼方になる。そういう魔法を使う」

「こやつ、まだ禁術を使う気なのかい」


 やりたい放題のアッシュは愉しそうに笑った。


「諜報員がお得意様の記憶の神『バーギィ』の権能魔法を使用しても記憶は戻らない。何故ならお前達は今、魔法的に鳥と設定されているからだ。鳥の記憶を呼び起こす権能魔法なんて、バーギィの神官も持っていない」


「何故鳥の記憶を消す魔法なんてあるんだい?」とヴェロニカが聞いた。


 これはまるで鳥の籠とセットで開発されたかのような魔法。ヴェロニカは無意識に首を傾げる。するとアッシュの笑みが静かに引っ込んだ。

 ヴェロニカを見下ろすアッシュ。言葉を選ぶ素振りを見せた直後、適切な言葉が思いつかなかったアッシュは仕方なく経緯を語った。


「むかーしむかし、とある一人の貴族の奥様がいた」


 神妙な面持ちのアッシュ。ヴェロニカが思わず生唾を飲み込む。


「奥様は鳥を飼っていたが、こともあろうか、なんとその鳥が間男との睦言を覚えてしまったのだ。だから奥様はそれを消す為にこの魔法を生み出した」


「すっごいドロドロの話ではないか」とドン引くヴェロニカ。


 流石のアッシュも居心地の悪さを覚えたか、顔を背ける。二人のやり取りを間近で見せられていた異端者狩り達はこう思うのだ。


 その魔法、今から自分達が掛けられるんですよ、と。


 だが、それだけでは終わらない。アッシュは情報源をすぐに逃がしてくれるほど、お人好しではない。


「記憶は消してやるから、罪悪感を感じることはない。しかし何故俺達を襲ったのか、誰の命令か、何が目的か──、洗いざら喋れ」


 言い忘れたが、最後に一つ。


 鬨の声の金孔雀の効果により、黙秘権はない。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?