早朝、冒険者ギルドには多数の冒険者が詰めかけていた。
昨夜にギルドの遣いから連絡を受けたアッシュとヴェロニカも、冒険者の群れに加わった。
「昨日の今日で森の魔物の掃討戦とはな、動きが早い」
アッシュが周囲の冒険者を見回す。
「町の存亡にかかわる事態だからの、当然じゃろうて」とヴェロニカ。
この町を拠点とする冒険者は勿論、アッシュのような流れ者も多数混じっていた三人から五人のパーティーを組んでいる場合が殆ど。ギルドもパーティー単位で運用するつもりのようだ。パーティーを個別に呼び出し、作戦内容と森の奥への進攻ルートを伝えている。
アッシュはヴェロニカと二人組で、森の奥にあるガランドウワームの教会を目指すことになった。
「ヤバい」と唐突にアッシュが言う。
ある人物を見つけて、アッシュはコートのフードを深く被った。
「どうしたんだい?」
「お前も顔を隠しておけ」
ヴェロニカにフードを被せてやりながら、アッシュはギルドの重鎮と話している男を見た。
ハート形のボタンで留めるローブを羽織った男性。首からは、赤と青の魔法金属の針金で造形された紋章を下げている。動脈と静脈を表した紋章。快癒の神リッパーだ。
「リッパー教会の神官だ。ローブを羽織っているから司者だろう」
教会関係者は高位から順に教主、枢機卿、司者、担い手と呼ばれている。
中でも神の権能魔法を使用出来るのは司者からであり、組織の取りまとめを行う教主や外部の教会との会合などを行う外交官である枢機卿とは異なり、実働部隊として動く。
今回は魔物の掃討作戦であり、怪我人が多数出ることも予想されている。快癒の神リッパー教会の司者が派遣されているのも、医療班としてだろう。
「禁書庫を燃やしたのもリッパー教会じゃったな」とヴェロニカ。
「枢機卿会議での決定だからリッパー教会単独ではないが、実働部隊はリッパー教会が率いていた。そういう訳だから、隠れるぞ」
教会関係者に手配書が出回っている可能性がある。アッシュとヴェロニカは隠れるように冒険者集団の中に紛れ込んだ。
副ギルド長が冒険者達の前に出て来る。
「集まってくれた諸君」と副ギルド長が語り始める。
「本日の掃討対象は植物系の魔物達。擬態と毒物に注意してもらいたい。また、今回はリッパー教会から司者を派遣していただいた。傷病者は直ちに撤退し、診てもらうように。遅行性の毒もあるので、素人判断は危険だ。くれぐれも注意してもらいたい」
念を押して、副ギルド長は森の方角を指差す。
「では、出陣!」
副ギルド長が格好良く宣言したものの、個人主義が強い冒険者達が足並みを揃えて品よく行軍する筈もない。
隊列らしい隊列もなく、誰も何も言わずに現地で再集合となった。
「まとまりがないねぇ」
「軍隊じゃないからな。寧ろまとまっている方が厄介だ」
「何故だい?」
「魔物被害に軍隊を動かすと、他国を刺激するとも取られる。多国籍の冒険者ギルドが出来たんだ、それが個々ではなく集団で動くとなれば、即座に地方軍閥化する」
「戦争になる訳じゃな。道理で色々と審査が緩い筈だの。連帯感が生まれぬよう、信用出来ない者を多数入れておく必要があるということだねぇ」
「まぁその信用のなさが問題視されて、ランク制度と依頼内容を紐付しているんだけどな。ギルドの運営はなかなか大変そうだ」
出陣宣言がシラけて落ち込んでいる副ギルド長を横目に、アッシュは同情の眼差しを向けた。
足の速い冒険者パーティーは既に街道のはるか先を歩いている。ギルド側もこれを見越し、先行している冒険者パーティーには斥候役を割り振っていた。
森の外縁に到着したアッシュ達は、斥候役がもたらした大まかな魔物の縄張りを共有してもらった後、森へと入る。
他のパーティーを攻城魔法で巻き込む恐れあり、と見なされたのか、アッシュとヴェロニカは他の冒険者と離れて行動だ。
「医療班は森の外か。もうフードを取ってもええじゃろ?」とヴェロニカが問う。
「そうだな。視界を制限されるのも嫌だし、取るか」とアッシュが言った。
フードを取り、森の奥へと歩き出す。相変わらず虫の気配はない。多数の冒険者が入ったことで、鳥が騒がしく飛び立った。動物も逃げるか息を潜めた。
酷く静かな森の中。時折、魔法攻撃の爆発音が遠くで聞こえた。
「ドッタの種が落ちておるの」
地面に落ちている赤みがかったオレンジ色の種。ヴェロニカが報告する。
「拾い食いはよくないぞ?」
アッシュが軽蔑の視線を向ける。
「せんわ!」
「それじゃあ、戦闘準備しとけ」
「うむ」
ヴェロニカが張り切って、掌に魔力を集め始めた。
「今回は多少地形が変わっても構わんのじゃな」
「それでもあまり派手には壊すなよ。それと、炎熱系は使用禁止だ」
植物魔物は火に弱い。だがすぐに死ぬ訳でもない。だから火だるま状態で森の中を逃げ回られると火事になる。
アッシュは収納魔法から鉤杖を取り出した。長さ二メートル弱。鉤杖を見たヴェロニカが怪訝な顔をする。
「そんな長物だと、この森では扱いづらいのじゃろうて。もう少し短いものはないかねぇ?」
「あるにはあるが、これの方が使い勝手が良くてな。それに長物でも戦い方はある」
「業物なのかい?」
ヴェロニカがアッシュの鉤杖を観察する。
装飾も銘柄もない、ただの木製の杖だ。魔力が籠った魔法武器でもなく、高価でもない。丈夫で長いだけ。
アッシュは鉤杖で邪魔な枝を引っ掛け、テコの原理で折って道を作る。
「丈夫で魔力の通りがいい木を使っているが、そこらの工房で発注可能な普通の杖だ。俺が本以外に金をかける筈がないだろう」
アッシュの皮肉。
「説得力がありすぎて反応に困るのじゃ」
呆れ顔のヴェロニカは掌に集中させた魔力をそのままに、アッシュを見上げた。
「では、戦闘準備は完了じゃな?」
「ああ、いつでもいいぞ」
「先制攻撃といこうかいねぇ」
ヴェロニカが両手を合わせる。直後、ジャンプしながらくるりと身を回転。早口で詠唱をする。
「眠る臥龍よ天翔けろ、晴天霹靂に響くわ麗しの吠え声──、木枯らし致死量」
終わる詠唱。合わせた両手を天に突き上げたヴェロニカ。直後、木々が騒ついた。生まれた風が高速でヴェロニカへと殺到する。
枯葉、落ち枝、木の実、樹皮を巻き上げながら、ヴェロニカ中心に高速で螺旋する風は大気そのもの。猛烈な木枯らしが木々を揺らす。
風は木の陰に隠れてアッシュとヴェロニカを包囲していた黒ずくめの一団の体勢を崩し、木の影から叩き出した。
アッシュはヴェロニカは無風となっている竜巻の中央。虫の如く湧いた黒ずくめの一団に、やれやれ、と肩を落とした。
「こんなところで何をしてるんだ、異端者狩り」