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第14話 宴会芸

 商業ギルドを出たアッシュとヴェロニカ。


「本当に修正して良かったのかの?」


 ギルドを出てすぐに、ヴェロニカが聞いた。アッシュは静かに頷く。


「今回の調査報告の肝は、魔物の大量発生と氾濫の兆候を知らせることだ。別に修正しても構わない。冒険者の領分ではないからな」


「冒険者ではないアッシュの意見はどうなんだい?」と再び問うヴェロニカ。


「ガランドウワームの廃教会について、隠している誰かがいる。それも、商業ギルドに口止めが出来るような権力を持つ、上層部の人間だ」


 だが、それ以上の具体的なことは何も分からない。情報が圧倒的に不足している。


「隠したいのはやはり、ガランドウワームの教会の異常だろうな。まだ情報が少ないが、どこから探るかと言えば、あの教会しかないだろう」

「もう一つあるの」

「どこだ?」

「森そのものじゃよ。虫がおらんのを気にしておったろう。誰が権能魔法を使ったか、であろうな」


 森で拾った大量のドッタの実が入った小瓶を揺らしながら、ヴェロニカが得意げに指摘する。

 アッシュは収納魔法から聖典『灰銀の繭玉』を取り出してヴェロニカに差し出した。


「十二ページを読んでみろ」とアッシュ。


「何だい、いきなり」とヴェロニカ。


 差し出された『灰銀の繭玉』を受け取り、ヴェロニカがページを捲る。暫くして、読み終えたヴェロニカがアッシュを見た。


「のう、これは持っているとマズいのではないのかの?」


 眉を顰めるヴェロニカ。


「無茶苦茶にマズい代物だな。だから調査報告書にも書かなかった」


 淡々とアッシュが言った。

 灰銀の繭玉に書かれているのは、除虫の神『ガランドウワーム』の権能魔法の使い方だった。

 つまり、この聖典を所持しているだけで、森の異常を引き起こした容疑者に数えられてしまうという訳だ。


「これで我も容疑者ではないか。とんでもないものを読ませたねぇ」


 灰銀の繭玉をアッシュに返しながら、ヴェロニカが不満を口にした。唇が尖っている。対してアッシュは冷たい目を向けた。


「普通は読めないんだよ」

「どういうことだい?」

「この灰銀の繭玉はもう使われていない、ザラッハ語だ。読めるのは俺みたいな筋金入りの希少本マニアか学者、神官くらいでな。お前、本当に何者だ?」


 公用語どころか、既に話者もいない。文献ならば数多残っているとはいえ、日常生活で触れる機会はまずない言語だ。

 主にこの言語を使っていたザラッハ人が、多数の聖典を書き起こしたため、神官であれば読むことは可能だろうが、灰銀の繭玉に書かれた、除虫の神の権能魔法を読み解ける魔法学の知識も並みではない。

 記憶喪失で素性も分からないヴェロニカだが、様々な点で、ただの少女ではないのは明白だった。


「そんなに珍しい言語なのかい。普通に読めるのだがねぇ」とヴェロニカ。


「普通に読めている時点で異質だ。先に言っておくが、俺はお前が異端者狩りの協力者ではないと判断している。だから、神官だとしても即座に異端者狩りと結びつけることはない」

「まぁ、アッシュを殺そうと思えば、殺す機会はいくらでもあったしの」

「攻城魔法なんて撃ち込まれて、個人が抗う術なんていくつあると思っている」

「抗う術がない、と言わないのも凄い話だねぇ。しかしの、記憶がさっぱり戻らんのだから、なにも言えんの」


 青空を見上げる。まるで他人事のように、のんびりとヴェロニカは呟いた。


「ただ、その聖典が読めるのが普通ではないというのなら、記憶を取り戻す手掛かりにならぬかの?」

「神官、あるいはその身内。または学者か」


 どれであっても、バヤジット国内であれば禁書庫の利用者の可能性が非常に高い。アッシュの蔵書の中には、歴史や神学に重要な品も多数含まれる。

 だが、禁書庫の利用者は誰もヴェロニカの事を知らなかった。禁書庫の妖精などと呼ばれる程度には、ヴェロニカも利用者の前に姿を現している。にもかかわらず、その素性については誰も知らない。


「まぁ、いいか」とアッシュ。


「他人事じゃの」


 欠伸しながら言うヴェロニカも同類である。


「そんなことよりも、だねぇ。せっかくお金が入ったのじゃから、外で美味いモノを食べたいの」


 あまつさえ、自分の記憶喪失を「そんなこと」呼ばわりして食事を優先する始末。アッシュも突っ込みは入れない。通りを見回し、目ぼしい食事処を探した。まだ日が高く、店の殆どは開いていない。しかし、開いている店もないわけではなかった。

 こんな昼間に酒を飲んでいる、休日らしき日雇いや冒険者の姿。流石にまだ飲み始めて間もないのか、騒いでいるが理性的だ。

 それでも、鍛え抜かれた体の男達が酒を酌み交わす姿は、傍らに置かれた武器も相まって威圧的だった。


「少々ガラが悪そうだな」

「構わぬわ。寧ろ、元気があってよかろう」


 大らかなのか、危機感がないのか。ヴェロニカはアッシュを先導するように、さっさと店に入ってしまう。カウンター席に座るヴェロニカを見た店主が、仕事に戻ろうとして二度見した。


「お嬢ちゃん、ここはあんまりいい店じゃないぜ」と店主が自ら忠告。


「そうかの? 賑やかで良い店ではないか。通りにも燻製のいい匂いがしておったぞ。ついフラッと足の向く店が、悪い店の筈ないと思うがの」

「お、なんだ。そりゃ随分と嬉しいこと言ってくれるじゃあねぇか」


 照れまくりの店主が、ヴェロニカにカウンターの一番端の席をを勧めた。他の客の目に付かなければ、絡まれることもないとの判断からだ。

 しかし、ヴェロニカは店内を振り返り、冒険者達が座るテーブルを指差した。


「あそこで絡まれている男の連れなのだが」

「へ?」


 店主がヴェロニカの指差すテーブルに目を向ける。


「凄腕新人じゃんか。飲め、飲め!」

「初依頼をこなしてきたって? めでたいな」

「よっしゃ、先輩が奢ってやろう」

「店主! こっちに猪のスジ肉とワイン、ニンニクをくれ」

「新人、宴会芸とか出来るか? ここの連中のは見飽きちまってよ」

「無理しなくていいぞ。新鮮な反応してくれる観客になってくれれば先輩嬉しいから」

「あぁ、遂に俺も先輩かぁ」


 とてつもなく和気藹藹とした冒険者達のテーブル。店主も目を疑っている。

 冒険者ギルドで行われた試験を見た冒険者達からすれば、アッシュは相応の実力者だと判明している。昨今、森の魔物が増えてきて、その脅威の最前線に立っている冒険者からすれば、歓迎されるのは当たり前のことだった。


 ヴェロニカがカウンター席から眺めていると、宴会芸を求められたアッシュは収納魔法から弦楽器を取り出した。明るい曲調が紡がれる。南方発祥の民俗音楽として有名なその曲は、酒場の冒険者達も馴染みがある。手を叩いて拍子を取っていた。

 一瞬、アッシュが独特の魔力を発する。直後、向かいの店先に吊るされた鳥籠に入った鳥が、アッシュが紡ぐ旋律に合わせて鳴き始めた。

 歌うような鳥の鳴き声に、冒険者や日雇い達が笑い出した。


「鳥も歌うとは、凄いな」

「吟遊詩人をやったほうがいいかもな」


 アッシュが弾き終えると、冒険者達が揃って拍手。向かいの店の鳥も鳴くのを止めた。

 冒険者達のテーブルを離れ、カウンター席に座るヴェロニカの元にやってきたアッシュは、アップルパイを注文した。


「何の魔法を使ったんだい?」


 ヴェロニカがアッシュを横目に、小声で言った。


「禁書『酔いと溺れの酒場亭』より、鬨の声の金孔雀。鳥を自在に鳴かせる魔法だ」

「悪用出来そうな魔法だねぇ」

「本来、人には効果がない」

「何か引っかかる言い方じゃの」


 ヴェロニカは、本来の使い方とは別の方法がありそうな口ぶりに、疑惑の目を向ける。


 アッシュは否定せずに肩をすくめた。


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