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第11話 奇行

 森の中に建つ教会。一般的な民家であれば、三軒分はありそうな大きさだ。

 不便な森の中に建つだけあって、礼拝堂の裏に神官達の居住スペースが併設されていた。鶏小屋らしきものも離れたところに建っている。


 教会は屋根が崩落していたりもせず、壁にへこみこそあるものの、穴が開いている様子もない。窓枠は外れ、割れた硝子が地面に散っている。入り口の扉は役目を果たしていない。残骸となって転がっている。だが雨風を凌げるだけ、仮の宿とするには上等に見えた。

 もっとも、既に魔物という先住人がいなければの話だ。


「どうだい?」

「どうだいって、ヴェロニカは凄腕の魔法使いだろ。あの廃教会を見て何も感じないのか?」

「いや、感じておるよ。あからさまに魔力の溜まり場じゃなって。でも、それ以外に見るべきところがあるじゃろ」

「意図的に廃教会が破壊された痕跡があることか?」

「意図的、なのかの? あの崩れ方は」


 両手で筒を作って教会を観察するヴェロニカ。アッシュは水筒を取り出して水を飲んだ。


「意図的だな。教会は祭る神だけじゃなく、時代によっても様式が変わるんだが、これだけは弄ってはいけないっていう根幹部分がある。そういった根幹部分は壊れないように頑丈に作るんだが、あの廃教会はその根幹部分──ガランドウワームの紋章がが崩れている。近くに行ってみないと分からないが、自然現象で壊れたとは思えない」


 アッシュが表情を曇らせる。


「魔物の仕業かの?」とヴェロニカ。


「もうちょっとよく観察しないと分からないが、多分、人間の仕業だな」

「何故分かる?」

「紋章のへこみから見て、恐らく打撃系による物理破壊。だが、その打撃の角度が俺より少し背丈が低い人間によるものと同程度だ。何より、魔力の溜まり場を根城にする魔物が破壊したのなら、あの程度の損壊では済まない筈だ」

「証拠としてはまだ弱いねぇ」

「だろうな。調査報告書にも、備考欄で少し触れる程度にしておこう。それよりも、巣食っている魔物がどこにいるかが問題だ」

「そりゃ中におるのじゃろう?」

「植物魔物がわざわざ日光を遮る屋内に潜んでいるのか。どれだけ魔力が溜まっているんだろうな」


 戦いたくないな、と呟き、アッシュがふと太陽を見上げた。まだ日没までいくらかの時間がある。


「影が離れてあなたの元へと届くなら、伝えられる思いもありましょうに──」


 アッシュが呟くと、ヴェロニカは怪訝な顔をした。


「吟遊詩人の真似事かの?」と聞くヴェロニカ。


「足元を見てみろ」とアッシュが答えるて木の根元を指差す。


 ヴェロニカが見下ろしてみると、アッシュの影が木の幹から離れ、教会へと向かうのが見えた。

 気味悪そうに影とアッシュを見比べるヴェロニカ。アッシュは苦笑する。


「影操法という魔法だ。吟遊詩人がよく歌う、恋歌の元ネタである『イリーナの純愛歌』に記載されている。これだけでは影を使ったジェスチャーくらいしか出来ないが」


 アッシュは教会の方を見て、手で鳥の形を作る。すると、影は独立して教会まで飛ぶ。辿り着いたアッシュの影もまた同じ動きをし、鳥の影絵を作り出した。


「“遊々戯園、影鳥”」


 魔法の名前を口にしたアッシュ。不意に鳥の鳴き声が教会から聞こえてきた。

 警戒心などまるでないのか、何度も何度も鳴き続ける鳥の声は、独立したアッシュの影から聞こえていた。


「『三世の宮廷錬金術師、去る』に記載がある、影で作り出した形によって匂いや音を発生させる魔法だ」


 いつものうんちくを語るアッシュ。


「それ、ギルドの試験で使ったじゃろう?」

「ああ、試験官の後ろに影を送って、声を届けた」

「小狡いのぅ」


 言葉とは裏腹に感心しているらしいヴェロニカ。興味深そうに、鳥の鳴き真似をし続けるアッシュの影を見ていた。

 教会の入り口から、魔物のモノらしき葉っぱが現れる。

 人の頭ほどもある、ラッパ状の赤い花を一輪咲かせた植物魔物だ。這うように根っこで地面を捉え、移動している。

 けたたましく鳴き続ける鳥を殺しに来たのか、魔物は教会の周りを一周し始める。


「何だい、あの魔物──、アッシュ?」


 見たことのない魔物の姿に首を傾げていたヴェロニカは、突然隣で立ち上がったアッシュを見上げた。

 アッシュは口を半開きにして驚愕し、魔物をジッと見つめている。


「う、」とアッシュ。


「う?」と眉を顰めるヴェロニカ。


「うっひょーぉぉぉ」


 突如、奇声を上げたアッシュが木の枝から飛び降りた。

 唖然とするヴェロニカを置いてけぼりに、アッシュは教会に向かって猛然と走り始めた。


「え? あ、ま、待つのじゃアッシュ」


 慌ててアッシュを追いかけようとするヴェロニカ。だが静止など聞きもしない。

 アッシュは喜びに満たされた顔で教会を、魔物を、いや、魔物のツタに絡め取られていた“書物”を目指していた。


「あれは、除虫の神ガランドウワームの聖典、『灰銀と繭玉』じゃねぇか。だぁっひょっほーー!」


 奇声上げのアッシュ。

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