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第10話 危険と安全

 生い茂る森の中。湿った枯れ葉、乾いた木々。すり抜けるように蛇行する川を遠目に眺めながら、アッシュとヴェロニカは魔物の数を指折り数える。


「どうだい?」と聞くヴェロニカ。


「二十だな。川の面積からすると、あれが定員だ」とアッシュ。


 自分の指では足らない数。すぐに気付いて指折りを止めた。


「定員ということは、氾濫間近という意味かい?」


 再びヴェロニカが問う。


「まだ日向を見ないと何とも言えないが、猶予はないだろうな。だが、幸い、まだ強い個体はいない。冒険者だけで討伐隊を組めば、十分に鎮圧出来るレベルだ」


 植物系の魔物は移動するために、多くのエネルギーを必要とする。多くの場合、魔力の溜まり場でエネルギーを補給するが、縄張り争いに負けるような弱い魔物は、川辺や日向での光合成でエネルギーを補おうとする。

 こうした植物系の魔物の習性を利用すれば、森全体にどれくらいの植物魔物がいるのか、全体的な強さはどれくらいかを推し量ること可能だ。

 アッシュは地図を広げて川の流れを確認した後、森の奥に目を向けた。


「魔力の溜まり場の様子を見たいが、この地図だとどこにあるのか分からないな。今日のところは調査を切り上げて、野営にする。廃教会に向かおう」

「うむ、分かった」


 森の奥にある除虫の神『ガランドウワーム』の教会を目指して歩き始めた。

 まだは日が高いものの、森は草木が鬱蒼と茂っているため歩きにくい。じめじめと湿度が体に纏わりつく。足場も決して良くはない。早めに目指した方が良いだろうとの判断だった。


「それにしても、木の実だらけだの。これの何個かは魔物になるんじゃろ? 拾った方が良いかの」

「キリがないからやめておけ。森にリスでも放った方が効率的だ」


 ヴェロニカが、ドッタの実を虫がいない証拠として集めてあるため、追加で拾う必要もない。魔物の氾濫の予兆があることも、アッシュが報告すれば、後は冒険者ギルドによる人海戦術でどうとでもなる。

 たかが禁術使いと妖精。今は指名手配者。わざわざそんな二人が魔物だらけの森の中で、せっせと木の実を拾うだなんてあまりに馬鹿げている。危険な真似をする必要も、している暇もない。


「待て──」


 アッシュが不意に足を止める。ヴェロニカに立ち止まるよう、手で合図を送った。

 何事か、と視線で問いかけるヴェロニカを木の幹の陰に押し込み、アッシュは黙って森の奥を指差した。


 アッシュが指差した先。得体の知れないツタの塊が蠢いていた。緑色のツタ。トゲが付いており、そのトゲが周囲の木に引っ掛かけるように固定すると、ツタの塊がずるずると移動していく。

 動きは鈍いが、無数のツタが鞭のように何度もしなる。ヒュンヒュンと空気を切り裂く音を鳴らしていた。


「動くな、やり過ごす」とアッシュ。


「うむ」とヴェロニカも頷く。


 今回の依頼は調査依頼であって、討伐依頼ではない。無駄な戦闘をするつもりはなかった。

 魔物が川の方角へ消えるのを待って、アッシュとヴェロニカは再び歩き出す。


「魔物をちらほらと見かけるようになったの」

「森の奥に来たからな。ここまでは冒険者も狩りに来ないんだろう」


 足場も悪く、木々の密度も濃いせいで窮屈さを感じる。武器を好き勝手に振り回せない。動きにくい。討伐依頼でも足を踏み入れない場所だ。

 だからこそ、定期調査が行われるのだろう。


 何度か身を潜めて魔物をやり過ごしていると、ヴェロニカが難しい顔でアッシュを見上げた。


「のう、どんどん魔物が強くなっておらんか?」

「俺もそう思っていた」


 木の幹に背中を預けて休憩しながら、アッシュ達ははここまでに出くわした魔物達を振り返った。確かに廃教会に近付くほど、魔物がより強力になっている。勘違いではなかった。


「魔力の溜まり場に近いほど縄張り争いが激しくなって、強い魔物が生息しておるんじゃよな?」

「そうだな」

「廃教会に近付くほど、魔物が強くなっておるよな?」

「そうだな」

「廃教会が魔力の溜まり場になっておらんか? ひょっとして」

「なってそう、だよなぁ」


 野営場所に決めていた場所が、最も強い魔物の巣になっている可能性がある。

 今更、適した野営場所に適した場所を探しに戻ると夜になってしまう。この鬱蒼とした森で野営出来るほど、開けた場所が見つかるとも思えない。


 だが、もし廃教会が魔力の溜まり場になっていた場合、そこに巣食っているのは恐らくこの森で最も強い魔物。討伐した場合、廃教会はこれ以上を望めないほどの安全圏にもなり得る。

 危険と安全。生と死が表裏一体。後はどちらの面を手繰り寄せるかだ。


「行くだけ行ってみよう。外から見るだけなら、すぐに戦闘にはならないだろう」


 周囲を観察すれば、痕跡から魔物の種類を特定出来るかもしれない。調査依頼である以上、有益な情報であるため行く以外の選択肢もなかった。


「別に討伐しても構わんのだろう?」とヴェロニカ。


「しなくても構わない、の間違いだ」


 アッシュが言い、歩き出す。

 更に森の奥へ突き進むと、今度は魔物との遭遇が減ってきた。廃教会を根城にする魔物の縄張りに入ったのだろう。

 アッシュは痕跡を探しつつ、廃教会が見渡せる背の高い木に登った。ちゃっかり一緒に登るヴェロニカ。上まで登り、並んで枝の上に腰掛ける。廃教会を観察する。


「なにか見えないかな」


 アッシュが呟いた。

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