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第8話 収納魔法

 調査依頼を掲示板で見つけて受付に持って行くと、受付嬢は渋い顔をした。


「申し訳ありませんが、こういった調査は実績を積んだ冒険者でないと請けられません。納品するタイプのモノや、お二人でしたら討伐依頼で実績を積んでいただかないと」


 受付嬢の言葉に肩を落とすアッシュ。


「そうでしたか、備考欄に何もないのでランクだけかと」

「それはこちらの不手際です。申し訳ございません、修正しておきます。あ──、そうだ。少々お待ち下さい」


 何かを思い出したのか、徐に受付嬢は立ち上がって奥へ歩いて行った。

 暫くして戻ってきた受付嬢は、新しい紙を手に持っていた。


「調査依頼でしたら、こちらはいかがでしょうか?」と受付嬢。


 差し出された依頼書を見る。ヴェロニカが興味を引かれたように身を乗り出した。


「監査依頼、と書いてあるの」

「はい。地元の私達では気付けない変化や、見落としがないかを監査する依頼です。普段の調査依頼で冒険者とギルドが癒着していないかを監査する目的もあり、調査項目が多くなっているので、報酬と見合わない、と不評な依頼なんですよ」


 単に報酬額だけを見みれば、普通の依頼と金額はほぼ変わらない。調査項目は倍以上に増えているのにもかかわらず、報酬が変わらないのでは嫌がられるのも当然だった。

 どの道アッシュは依頼を受けられずとも、現地の調査を行うつもりだった。だがこれで報酬も手に入るようになった。一石二鳥だ。


「では、これを請けましょう」とまんざらでもないアッシュ。


「助かります。先ほど申し上げた通り、冒険者ギルドとの癒着がないかを調べるものですので、調査報告の提出先は別のギルドになります。こちらの札と共に提出してくだされば、先方に通じますので」


 受付嬢が説明と札を渡す。


「どこのギルドでもいいんですか?」

「我々が指定してしまうと、それも監査になりませんからね。余所の冒険者ギルドでなくても、商業ギルドや職人ギルド、外壁の門番詰所でも大丈夫ですよ」

「分かりました」


 調査項目と地域を改めて確認し、アッシュは準備をするために冒険者ギルドを後にした。


**


 街を歩くアッシュとヴェロニカ。


「調査範囲はともかく、項目が多すぎるんじゃないかの? これは現地で野営だねぇ」

「近くの村に泊めてもらえればいいんだが、当てには出来ないな。魔物が大量発生しているのなら、リッパー教会の定期巡礼がなくなったのもあって、疎開しているかもしれないし」

「そもそも、夜間の調査はせんのか?」

「調査項目にはないな。まぁ、野営するんだから気にするな。それより、ヴェロニカもついて来るつもりか?」


 アッシュが問うと、ヴェロニカは腰に両手を当てて胸を逸らした。


「当たり前じゃろうて。一人で宿にいてもつまらんからの」


「守ってやれないぞ?」とアッシュ。


「妙なことを聞くの。試験で魔法を見せた筈だが」


 自分の身くらい自分で守れる、と豪語するヴェロニカ。アッシュは首を横に振る。


「調査にあたる俺達が、地形を破壊してどうする。あんな大規模魔法をポンポン撃たれたら、魔物どころか山や川、人々の暮らしまでがダメになる」


「うぐっ」と言葉に詰まるヴェロニカ。


「じゃ、じゃが結界、結界魔法も使えるぞ。野営に便利じゃぞ」

「なんで結界魔法まで使えるんだ。どんな魔力量してやがる」


 攻城魔法を一人で扱うビックリ少女なのは知っていたため、今更ながら結界魔法が使えることぐらいはアッシュも疑わなかった。


「結界魔法は便利だし、宿代も浮くからいいか。基本的には、魔物と遭遇したら逃げるからな」

「分かった。それで、買い物するんだい。食材とテントか? お主、細っちぃのに大荷物なんぞ持って歩けるのかの?」

「収納魔法を使えばいいだろ、まだまだ容量はあるしな」


 市場へ向かう。

 アッシュは収納魔法を発動した。黒い靄を見たヴェロニカは興味深そうに靄の中に手を突っ込んだ。


「禁書庫の本をしこたま入れたじゃろうに、まだ入るとはねぇ」

「タタ・ディヴィスの収納魔法だ。『タタ族秘伝巻物』に書かれている」


 宿で話しそこなったうんちくを、ここぞとばかりに披露し始めるアッシュ。ヴェロニカは苦笑だ。


「『タタ族秘伝巻物』というからには、一子相伝的なものなんだろう? 何故、お主が持っておるんだい?」

「遊牧民族としてのタタ族は、百二十年ほど前に滅んだと言われている。末裔が定住生活を始めたからな。『タタ族秘伝巻物』は定住生活を始める際に、部族内の各家庭に写本として配られたのさ。まぁ俺が持っているのは原本だがな」

「そうか。なんとなく、寂しい話だねぇ」

「栄枯盛衰は世の習いだ――っと、市場は結構混んでいるな」


 昼時だからか、買い物中と思しき主婦や旅人で賑わう市場。入り口でアッシュはヴェロニカの手を取った。迷子になられては面倒だ。すれ違う人々は、歳が離れた兄妹の買い物風景として微笑ましく眺めている。

 アッシュはもくもくと買い物を済ませるべく、携行食品を売っている店の前で足を止めた。

 野菜の酢漬け、燻製肉。干し魚、豆類、ニンニクなど、日持ちのする食品ばかりが目につくが、旅人相手だけの商いでは利益が振るわないらしく、スープやミートパイなども置かれている。

 今回の調査依頼は野営も含めて二日の予定。ミートパイも十分に選択肢に入った。


「食べたいものとかあるか?」とアッシュが聞く。


 一応、旅の道連れに意見を聞いてみる。

 ヴェロニカが小瓶を取り出してドッタの種を摘まみ、幸せそうな顔をする。


「甘酸っぱ美味いのじゃ」

「おう、よかったな。宿にお礼の品も買っていかないと」

「甘いものはこれで足りとるし、それなりに腹にたまるモノが欲しいのじゃ。チーズパンとかよさそうだねぇ」

「チーズパンね。まぁ、今日の内に食べる分には問題ないか」


 収納魔法に入れても時間による劣化や腐敗は避けられない。チーズパンの他に塩漬け肉や乾燥キノコなどを購入し、収納魔法に放り込む。

 店の主人が羨ましそうにしていた。収納魔法があれば在庫に悩まされにくくなるからだ。


「お嬢ちゃんにはこれをおまけしてやろう。また来てくれよ」


 店の主人がヴェロニカに、水あめの入った小瓶を渡す。


「おお、ありがとうのぉ」


 礼を言うヴェロニカにニコニコと笑う店の主人。視線はアッシュに移る。


「冒険者だろう、贔屓にしてくれな」と店主。


「新人の財布を労わってくれるなら」

「それは応相談、ってやつだ」


 豪快に笑う店主に見送られて、店を後にする。

 テントなどの野営道具を買いに行こうとすると、ヴェロニカが水あめの入った小瓶を差し出してきた。


「これだけでは味気ないの。果物が欲しい」

「俺にも寄越せよ?」

「うむ、独り占めはせんよ。相棒じゃしの」


 二人は必要なものを全て買い揃えた。

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