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第7話 定期巡礼

 新人冒険者向けの講習を行うとのことで、講義室らしき部屋に案内されたアッシュ。すぐにヴェロニカに抗議をした。


「偽の身分が欲しくて来たのに、何故目立つ」とアッシュ。


「仕方がなかろう。大規模魔法しか使えぬのだ」


 ヴェロニカが悪気なく答える。


「通常の攻撃魔法だと我の魔力が多すぎて暴走するしねぇ。それに、お主こそ本名で登録しておるではないか」

「家名は名乗ってない。ボロが出ないように嘘を吐かなかっただけだ。というか、魔力が多すぎて暴走って、お前は何者なんだ」

「思い出せたら苦労はせん」


 椅子に座って足をプラプラと揺らすヴェロニカ。記憶喪失の少女にアッシュが呆れた時、講師らしき女性が部屋に入ってきた。


「凄い新人、というのは貴方達ですね。では早速、講義を始めます。規約と諸注意の説明だけですので、寝ないで下さい。質問は講義の後で受け付けますので」


 そう言って、冒険者ギルドの諸注意が語られた。


 あっさりと偽の身分が作れるような緩い組織だけあって、規約も緩い。代わりに社会的な信用も殆どなく、Cランク以上の冒険者でもなければ流れ者と同等だ。

 だが今のアッシュはお尋ね者。流れ者どころか寧ろ、身分は向上していた。異例だろう。


「周辺の地形や魔物、薬草などの分布は資料室で確認出来ます」と女。


「資料室はどこですか?」

「当館の二階にあります。持ち出しは出来ません」

「行ってきます」

「待たぬか。お主は本を手にすると読み尽くすまで動かんじゃろうが」


 早速資料室へ突撃しようとした本の虫アッシュを、ヴェロニカが冷静に抱き留める。アッシュは腰に回されたヴェロニカの腕を振りほどこうと藻掻いた。


「は、な、せ」

「日銭を稼がねばならんと言ったのはお主であろう」

「うるさい、冒険者は命がけ。資料室は命綱たる知識の宝庫。大義名分、我にあり。証明終了。さぁ、放せ」

「大義名分を掲げるなら尚の事、金になることをせい」


「いきなり資料室に行きたがるなんて珍しい新人ですね」


 女が訝しい瞳で二人を見る。


「なら資料室に関する依頼を請けませんか?」


 講師の提案に、アッシュとヴェロニカは揃って頷いた。


**


 冒険者ギルドからの直接依頼としてアッシュ達に出されたのは、資料室の整理と痛んだ本の補修、一覧の作成だった。

 禁書庫番ことアッシュと、禁書庫の妖精ことヴェロニカにこなせない筈もなく、万事適当な冒険者達が荒らした混沌の資料室は、瞬く間に輝かしい知識の殿堂に返り咲く。


「ほう、『粗竜一覧絵図』か。これはいい博物誌だ。分かっているじゃないか」


 本を手に取るアッシュの機嫌はいい。


「珍しい本かの?」とヴェロニカが聞く。


「いや、七十年前に書かれた本だが、さほど珍しいものではない。八十年前の大魔大氾濫では粗竜による被害が顕著だったことから、バヤジット王家主導で編纂されたモノだ。国内であれば容易に手に入る。もっとも、一般人が購入するとは思えないがな」


 てきぱきと資料を分類していると、ヴェロニカが数冊のファイルを持ってきた。


「アッシュ、これはどうする?」

「過去の依頼記録、か。ギルドの個別資料だから奥の棚だな。いや──、ちょっと待て」


 奥の棚に収めに行こうとするヴェロニカを呼び止め、依頼記録を手に取る。

 パラパラと中身を捲って、アッシュは笑みを浮かべた。


「面白い依頼があるじゃないか」とアッシュ。


「なんじゃ急に? 気味の悪い笑い方だの」


 何を見て笑ったのかと、ヴェロニカがファイルを覗き込む。

 アッシュが開いていたページには、快癒の神リッパーの教会から出された依頼と、その内容が記されていた。


 リッパ―の権能魔法は治癒魔法。その有用性から広く信仰される神ではあるが、辺境や小さな村にまで教会が建っている訳ではない。定期巡礼の名目で、神官団が派遣される。冒険者ギルドにはこの神官団の護衛依頼が出されているようだ。

 しかし、ここ四年間は神官団の派遣が激減し、この一年は一度も定期巡礼が行われていない。


「魔物の大量発生が確認されたため、と書かれておるぞ?」

「本当に大量発生が起きているのなら、討伐数や依頼が増えているだろう。ちょっと待ってろ」


 過去の依頼書を確認するアッシュ。すると、確かに定期巡礼で通る地点で、魔物の大量発生が確認されていた。その影響か、討伐依頼も多々出されている。だが討伐対象の項目を見たアッシュは、いくつかの依頼を見比べ、次に不審そうに眼を細めた。


「討伐魔物が偏っているな、植物系に」とアッシュ。


「実際に大量発生しているのだろう? ならば、定期巡礼が行われないのも当然ではないかねぇ」

「クソ、なにか弱みが握れると思ったんだが」

「小さな違和感でも、突き詰めるのは悪いことではない。それより、定期巡礼が途絶えているとなると、現地の村や町は大変じゃろうな。怪我も悪化すれば死に至るしの。悪化の仕方によっては、リッパーの権能魔法で治すどころか更に悪化させるとも聞くではないか」

「そうか、言われてみれば確かに現地は大変な筈だな。ちょっと行って様子でも見るか。リッパー教会に対する不満の声があるなら、まとめておけば少なからず嫌がらせ程度には使えそうだし」


 アッシュが一瞬、悪い顔を浮かべた。


「動機が不純だねぇ。薬の類は、差し入れに持って行くべきだと思うのがの」

「そのあたりは抜かりない。周辺の薬草の分布図はもう頭に入れた。道中に採取して行こう。ついでに魔物の発生地点も調査してギルドに報告しておけば、定期巡礼再開の目途が立つかもしれない。それにその情報をもたらした冒険者となれば、現地でのウケもいいだろう」


 打算だらけで計画を立て始めたアッシュを呆れたように見て、ヴェロニカはやれやれと首を振った。


「リッパー教会も執念深い奴を敵に回したもんじゃの。気の毒に」


 ヴェロニカが言った。

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