注文通りの豪華な朝食。朝から活気のいい宿の食堂で、女将がテーブルに朝食を運んできた。いい匂いがする。
「お待ちどうさま。オムレツと黒糖のパン、サラダを二人前。それとジャガイモのポタージュに、私の宿の自家製ソーセージ。パンはお替りもあるわよ」
テーブルに並ぶ色彩バランス取れた飯。アッシュは早速フォークを手に取って、向かいに座るヴェロニカを見た。
ヴェロニカは女将に礼を言って、ついでに厨房にも愛想を振りまいている。
女将が持ち場に戻っていく。厨房の奥の方から、何かが鍋の中を跳ねるような、ポコポコという音が聞こえてきた。
「あのねぇ、お主も少しは愛想よくしたらどうなんだい? 今晩もここに泊まるというのに」
ヴェロニカが言う。黒糖のパンを手に取った。
「過度に愛想を振りまいて仲良くなると、身バレの危険がある」とアッシュ。
両手で黒糖のパンを持ってかぶりつくヴェロニカの一言に、アッシュはぶっきらぼうに返した。
「お、このオムレツ、ふんわり感がいい具合だねぇ」
「俺にあれこれ言うが、お前も相当にマイペースだな。身の振り方は決めてあるのか」
アッシュの問に、ヴェロニカは相変わらずのテンションで返す。
「我も冒険者になるとするかの。冒険者同士の組み合わせならば怪しまれんだろうし、兄妹というにも、ちと容姿が異なり過ぎている」
「好きにしろ、どうせ危険度の高い依頼は避けるからな」
「それで金を稼げるのか?」
「当然だ。誰が禁書庫を建てたと思っている?」
身分さえ作れれば、金を稼ぐ手段は幾らでもあるのだ、とアッシュはニヤリと笑った。
朝食を食べ終えて、アッシュは席を立つ。すると、宿の女将が小瓶を持ってやって来た。
「どうぞ、お嬢ちゃんにおやつだよ」
「おお、これはこれは。ありがとうの」
小瓶を渡されたヴェロニカ。蓋を取って中を見る。同じくアッシュも中を覗いてみると、赤みがかったオレンジ色の種が入っていた。
「ドッタの種かい?」とヴェロニカ。
「ここ最近、山でよく採れるようになってね。余ってしょうがないんだよ」
宿の女将が苦笑で言った。
ドッタの実は熟すと強い刺激で笠が取れ、傘のあった部分から種を撒き散らして跳ねまわる。当たると服の上からでもそこそこ痛い。
山菜や薬草の採取の際に踏んでしまい、跳ねまわるドッタの実に追い回される子供は、最早この時期の風物詩だ。
「甘酸っぱくて美味しいんだよねぇ。ほれ、アッシュ、お主も食わんか」
「そんじゃあ、一つ」
厨房から聞こえた鍋の中を跳ねまわる音の正体はこれか、と納得しながら、アッシュはヴェロニカが差し出した小瓶の中から、ドッタの種を一つ取る。
木の実とは思えないほど甘く、爽やかな酸っぱさだ。小指の爪ほどの種は、ポリポリと程よい歯ごたえ。子供に人気のお菓子なのも十分に頷ける。
宿の女将に見送られて、カナエたちは宿を出た。
**
大通りを都市の外縁に向かって歩いていくと、白い屋根の建物が見えてきた。玄関の上に魔物の角が設置されており、そこから吊り下げられた剣の意匠の看板。冒険者ギルドだ。
玄関を潜ると、中にはまばらに人がいた。アッシュは玄関ホールを見回して、受付カウンタ―を見つける。
「新規登録をお願いします」
アッシュが冒険者ギルドの受付嬢に言う。
「かしこまりました。こちらの用紙に記入して下さい」
「ありがとう」
「我も用紙が欲しいな」
「えっと──、」
受付嬢はヴェロニカを見て困惑し、保護者とでも思ったのか、アッシュを見上げた。ヴェロニカは我関せずの態度で黙々と用紙に記入している。受付嬢が困った顔でヴェロニカに向き直る。
「お、お嬢ちゃん、冒険者は危ないから、働きたいなら宿で住み込みとかどうかしら?」
「危ないのは承知の上だねぇ。心配してもらってすまんが、これでも一応魔法が使えるから問題ないわい」
「生活魔法を使えても魔物とは戦えないのよ?」
「実践的な魔法も使えるぞ。ほれ、用紙をくれい」
「う、うーん」
受付嬢は助け舟を求め、アッシュにちらちらと視線を送っている。アッシュは淡々と記入を終えた用紙を、受付嬢に突き出した。
「どうせ、実戦を想定した試験がありますよね。本人がこう言っているのですから、用紙の記入だけさせてみてはどうでしょうか。実力がなければ試験で落ちるだけですから」
「お兄さんがそう仰るのなら」とまだ戸惑う受付嬢。
「兄ではありません」
「うむ、行きずりの関係といったところかの」
「は、はぁ」
なんだか妙なのが来た、と受付嬢は、これ以上関わらないように仕事モードに切り替え、用紙を差し出した。記入したヴェロニカと共に案内されたのは、冒険者ギルドの裏手にある訓練場だった。
訓練中だった冒険者が新入りの実力を見ようと遠巻きに眺める中、試験官を務めるという大柄な男が歩いてくる。
「アッシュにヴェロニカだな。鍛えているようには見えないが、魔法使いか? とりあえず、模擬戦をする」
男は木製の模造剣を一振りして、どっちから始める、とアッシュ達を見比べた。
「武器はそこの木製の奴を使え」
試験官が切っ先で方向を示す。
「それなりに硬いからな、当たれば怪我もする。気をつけろよ」
「ありがとうございます」
アッシュが一歩前に出て、木製の長棒を掴み取る。そして収納魔法を発動し、黒い靄の中へと放り込んだ。
アッシュが苦もなく収納魔法を使ったことに、見物客が口笛を吹く。目の前に立つと、試験官の男が構えた。
「始めよう、いつでも来い」
「よろしくお願いします」
一礼したアッシュ。
男との距離を詰めた。