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第5話 行きずりの関係

  注文通りの豪華な朝食。朝から活気のいい宿の食堂で、女将がテーブルに朝食を運んできた。いい匂いがする。


「お待ちどうさま。オムレツと黒糖のパン、サラダを二人前。それとジャガイモのポタージュに、私の宿の自家製ソーセージ。パンはお替りもあるわよ」


 テーブルに並ぶ色彩バランス取れた飯。アッシュは早速フォークを手に取って、向かいに座るヴェロニカを見た。

 ヴェロニカは女将に礼を言って、ついでに厨房にも愛想を振りまいている。

 女将が持ち場に戻っていく。厨房の奥の方から、何かが鍋の中を跳ねるような、ポコポコという音が聞こえてきた。


「あのねぇ、お主も少しは愛想よくしたらどうなんだい? 今晩もここに泊まるというのに」


 ヴェロニカが言う。黒糖のパンを手に取った。


「過度に愛想を振りまいて仲良くなると、身バレの危険がある」とアッシュ。


 両手で黒糖のパンを持ってかぶりつくヴェロニカの一言に、アッシュはぶっきらぼうに返した。


「お、このオムレツ、ふんわり感がいい具合だねぇ」

「俺にあれこれ言うが、お前も相当にマイペースだな。身の振り方は決めてあるのか」


 アッシュの問に、ヴェロニカは相変わらずのテンションで返す。


「我も冒険者になるとするかの。冒険者同士の組み合わせならば怪しまれんだろうし、兄妹というにも、ちと容姿が異なり過ぎている」

「好きにしろ、どうせ危険度の高い依頼は避けるからな」

「それで金を稼げるのか?」

「当然だ。誰が禁書庫を建てたと思っている?」


 身分さえ作れれば、金を稼ぐ手段は幾らでもあるのだ、とアッシュはニヤリと笑った。

 朝食を食べ終えて、アッシュは席を立つ。すると、宿の女将が小瓶を持ってやって来た。


「どうぞ、お嬢ちゃんにおやつだよ」

「おお、これはこれは。ありがとうの」


 小瓶を渡されたヴェロニカ。蓋を取って中を見る。同じくアッシュも中を覗いてみると、赤みがかったオレンジ色の種が入っていた。


「ドッタの種かい?」とヴェロニカ。


「ここ最近、山でよく採れるようになってね。余ってしょうがないんだよ」


 宿の女将が苦笑で言った。


 ドッタの実は熟すと強い刺激で笠が取れ、傘のあった部分から種を撒き散らして跳ねまわる。当たると服の上からでもそこそこ痛い。

 山菜や薬草の採取の際に踏んでしまい、跳ねまわるドッタの実に追い回される子供は、最早この時期の風物詩だ。


「甘酸っぱくて美味しいんだよねぇ。ほれ、アッシュ、お主も食わんか」

「そんじゃあ、一つ」


 厨房から聞こえた鍋の中を跳ねまわる音の正体はこれか、と納得しながら、アッシュはヴェロニカが差し出した小瓶の中から、ドッタの種を一つ取る。

 木の実とは思えないほど甘く、爽やかな酸っぱさだ。小指の爪ほどの種は、ポリポリと程よい歯ごたえ。子供に人気のお菓子なのも十分に頷ける。


 宿の女将に見送られて、カナエたちは宿を出た。


**


 大通りを都市の外縁に向かって歩いていくと、白い屋根の建物が見えてきた。玄関の上に魔物の角が設置されており、そこから吊り下げられた剣の意匠の看板。冒険者ギルドだ。


 玄関を潜ると、中にはまばらに人がいた。アッシュは玄関ホールを見回して、受付カウンタ―を見つける。


「新規登録をお願いします」


 アッシュが冒険者ギルドの受付嬢に言う。


「かしこまりました。こちらの用紙に記入して下さい」

「ありがとう」

「我も用紙が欲しいな」

「えっと──、」


 受付嬢はヴェロニカを見て困惑し、保護者とでも思ったのか、アッシュを見上げた。ヴェロニカは我関せずの態度で黙々と用紙に記入している。受付嬢が困った顔でヴェロニカに向き直る。


「お、お嬢ちゃん、冒険者は危ないから、働きたいなら宿で住み込みとかどうかしら?」

「危ないのは承知の上だねぇ。心配してもらってすまんが、これでも一応魔法が使えるから問題ないわい」

「生活魔法を使えても魔物とは戦えないのよ?」

「実践的な魔法も使えるぞ。ほれ、用紙をくれい」

「う、うーん」


 受付嬢は助け舟を求め、アッシュにちらちらと視線を送っている。アッシュは淡々と記入を終えた用紙を、受付嬢に突き出した。


「どうせ、実戦を想定した試験がありますよね。本人がこう言っているのですから、用紙の記入だけさせてみてはどうでしょうか。実力がなければ試験で落ちるだけですから」


「お兄さんがそう仰るのなら」とまだ戸惑う受付嬢。


「兄ではありません」

「うむ、行きずりの関係といったところかの」

「は、はぁ」


 なんだか妙なのが来た、と受付嬢は、これ以上関わらないように仕事モードに切り替え、用紙を差し出した。記入したヴェロニカと共に案内されたのは、冒険者ギルドの裏手にある訓練場だった。


 訓練中だった冒険者が新入りの実力を見ようと遠巻きに眺める中、試験官を務めるという大柄な男が歩いてくる。


「アッシュにヴェロニカだな。鍛えているようには見えないが、魔法使いか? とりあえず、模擬戦をする」


 男は木製の模造剣を一振りして、どっちから始める、とアッシュ達を見比べた。


「武器はそこの木製の奴を使え」


 試験官が切っ先で方向を示す。


「それなりに硬いからな、当たれば怪我もする。気をつけろよ」

「ありがとうございます」


 アッシュが一歩前に出て、木製の長棒を掴み取る。そして収納魔法を発動し、黒い靄の中へと放り込んだ。

 アッシュが苦もなく収納魔法を使ったことに、見物客が口笛を吹く。目の前に立つと、試験官の男が構えた。


「始めよう、いつでも来い」

「よろしくお願いします」


 一礼したアッシュ。


 男との距離を詰めた。


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