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第3話 女将

 バヤジット王国南部の都市、カルジーナ。

 胸元に吐息を感じて、アッシュは目を覚ました。窓から差し込む朝日に目を細める。


「朝か。というか、なんか重い」


 アッシュが言った。

 腹から胸にかけて布団ではない重みを感じ視線を向ける。

 アッシュの胸に、顔をうずめるようにして寝息を立てている灰色の髪を見つけて、アッシュは躊躇なく体を起こした。


「ぅぶへッ」


 アッシュの体から振り落とされ、更にはベッドからも転げ落ちた灰色の髪の主、ヴェロニカが奇妙な悲鳴を上げた。


「なんだ、痛いの」


 目をこすりながら、体を起こしたヴェロニカ。部屋を見回す。ぐるっと見た最後、アッシュと目が合った。大きく欠伸をした。


「朝じゃのぅ」とヴェロニカ。


「なんで俺のベッドに潜り込んでんだ。今度やったら宿から叩き出すぞ」


 アッシュが不機嫌に言う。


「寒かったんだよ、安宿は隙間風が入っていかん」

「誰の金で泊まっていると思ってる」


 アッシュの抗議もどこ吹く風。ヴェロニカは白いワンピースの裾を翻して、窓に駆け寄った。


「ほほぉ、ここがカルジーナか。思ったより明るい色の街並みじゃの」


 ヴェロニカが外を見ながら言った。


「昨日見ただろうが」

「着いたのは夜だったしの、三日も歩き通しで疲れてすぐ寝たよねぇ。見ている余裕はなかったわ」


 王都でアッシュの禁書庫が異端者狩りに放火され、早くも三日が経過した。

 追手を振り切るため、王都から遠く離れたこのカルジーナまで、村などを経由せずに野宿しながらやってきたのだ。

 体力のない少女であるヴェロニカは、宿に着くなりゼンマイが切れたようにベッドに突っ伏していた。


 禁書庫番ことアッシュが命を狙われている以上、不法侵入とはいえ、禁書庫を根城にしていたヴェロニカも同様に狙われている可能性が高い。アッシュと一緒に逃げるしかなかった。だが、それでも無理をさせた感は否めない。


「一晩寝てもまだ足の疲れが取れないねぇ」


 そう言って、ヴェロニカは椅子に腰かけて自身の脚を揉み始めた。

 野宿でまともなものを食べていなかったこともあり、アッシュはお詫びがてらに朝食を少し豪華にしてもらえるよう、宿の主人と交渉するべく部屋を出た。

 一階に下りると、カウンターにいた宿の女将と目が合う。


「おはよう」と女将。


「お客さん、お連れの女の子は?」

「部屋にいます。朝食を少し豪華にしてもらうことは出来ますか?」

「いいわよ、サービスしておく。長旅だったんだろう? 昨夜は女の子の方もクタクタだったわね、見てて心配だったんだよ」

「野宿続きでしたので。あ、あとそこの新聞はいくらですか」

「これかい? うちの主人が買った物だよ、読むなら持っていくといいわ」

「ありがとうございます」

「朝食が出来たら呼ぶわね」


 女将から新聞を借り、アッシュは部屋へと戻る。

 紙がいくらか安価に供給される世の中になったとはいえ、新聞はまだまだ高級品だ。売る側も分かっているからか、特別なことがない限りは月に一度の発刊である。

 女将から借りた新聞は号外であるらしく、昨日の日付が書かれていた。号外が出た理由が一面記事に乗っている。


 三日前に起きた禁書庫焼失事件を知った、バヤジット国王が命じたからとのことだった。


「なんだ、国王の命令で火をつけたんじゃないのか」

「バヤジット国王は命拾いしたみたいだねぇ」


 いつの間にか新聞を覗き込んでいたヴェロニカが呟く。


「それで、放火犯はどこの誰なんだい?」とヴェロニカ。


「枢機卿会議らしい」

「枢機卿会議?」


 首を傾げたヴェロニカ。


「信仰する神を問わず、各教会から派遣された枢機卿による会議だ」


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