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第2話 異端者狩り

 酸欠で朦朧としながらも、呪詛の言葉を口にする。書棚の奥に安置されている石版を掴み取る。タイトル不明の、四割ほどが欠損した石版だ。


「アッシュ、流石にこれ以上は煙に巻かれる。残りは諦めな」とヴェロニカ


「畜生め」


 収納魔法に石版を突っ込んだアッシュ。ドレスで走りにくそうにしているヴェロニカを抱え上げ、猛然と廊下を走り抜ける。窓を肩で割って外に転がり出た。受け身を取って体を起こす。

 頬に付いた煤を拭ったアッシュの前に、ずらりと黒ずくめの男達が剣を構えて立っていた。足元には、投げ捨てられた松明が燻っている。

 アッシュは憎悪の籠った昏い瞳を、黒ずくめの男達に向けた。


「異端者狩り、お前らか。火を放ったのは」とアッシュが言う。


 燃え盛る禁書庫を背に怒気を露にするアッシュに、荒事慣れしている筈の異端者狩りの何人かが怯み一歩下がった。

 二十代前半にして、バヤジット国の禁書庫番と呼ばれる得体のしれない男。この場に突然邪神を召喚しても可笑しくない、とさえ異端者狩り達は考えていた。


「狼狽えるな。奴は邪悪な書物を火事場から持ち出すため、既に魔力を使い切っている筈だ。大したことは出来ん」


 異端者狩りを率いる長身の男。どちらかといえば細身。顔をしっかりと確認出来ない。敵意だけは確かにある。服には快癒の神リッパーの紋章。長身の男は仲間の不安を払い、アッシュを睨みつけた。


「バヤジット国の禁書庫番、アッシュ・ジングスマンだな。貴様は〝神の在処″を知っているか?」


「なにぃ? 神だぁ?」と意味が分からないとアッシュは額を押さえた。


 人類の英知が詰まった書物に火を放ったかと思えば、命からがら火の手を振り切ったバヤジット国の書庫番を捕まえ、挙句に神の在処などを問う。

 まるで意味が分からない。支離滅裂だ。


「異端者狩りが無実の人間を殺すための方便か何かか? 神の在処を知らなければ異端者か?」

「知らないのならばいい」

「いい訳ねぇだろッ」


 アッシュは駄々っ子のように石畳を踏みつけ、崩れ始めた禁書庫を手で指し示す。


「そんなバカげたことを言うために貴重な書物に火を放ったのか」とアッシュ。


 怒りは収まらない。


「俺の蔵書にどれほどの価値があるか理解で出来ないのか。 『イリーナの純愛歌』の原本や『三世の宮廷錬金術師、去る』の原本まで焼失しかけたんだぞ──、 『こんな美しい女に棘なんてあるはずない』なんて、お前らリッパー教会の当時の枢機卿が書き記した、尊い手記がそのまま残ってるんだ。それにッ、お前らがッ、火をッ、放ったんだぞッ」


 絶叫。ぜぇぜぇと肩で呼吸したアッシュは、異端者狩りを率いる長身の男を指さす。


「神は知らないが、貴様らを知っている。罪人だ。大罪人。貴様ら以上の罪人がこの世に存在すると思うな。必ず、この報いを受けさせてやる」


 威勢よく言い切ったアッシュ。右足を引く。それを戦闘態勢と見て取った異端者狩り達。一斉に身構えた。戦闘態勢。


 その瞬間。


「次会った時にな──」


 異端者狩り達の視界が、突如アッシュ。を中心に回転した。


「な、なんだ」と異端者狩り達。


 アッシュを中心に、半径数メートル範囲が回転していることに異端者狩り達は気付き、すぐさま離脱を図ろうとする。しかし、足は地面に縫い付けられたように動かない。

 アッシュが両手を広げて哄笑を響かせる。


「ふはははは、『自然だけで始めるサバイバルライフ読本』より、代用ろくろの魔法だ」とアッシュ。


「さて──、」


 足場の回転により乱れた異端者狩りの陣形を縫うように、アッシュが走り抜ける。


「今日はもう魔力がないんでね、退かせてもらう。次に会ったら覚えておけよ」


 安い劇場で、悪役が去り際に吐き捨てるしょぼいセリフを残し、アッシュは一目散に逃亡を図った。

 尚、ずっと抱えられているヴェロニカはドレスの裾を気にしつつ、異端者狩り達に声をかける。


「遺書を用意しておくんだねぇ。お前達は、バヤジット王国でも有数の危険人物を敵に回してしまったんだからな」


 異端者狩りを率いる長身の男が、足場の回転が止まった遠心力で吹き飛ばされる。民家の壁に叩きつけられた。受け身を取って被害を最小限に抑えていたが、周りを見れば、受け身を取りそこなった部下が何人も呻いている。

 男は走り去るアッシュの背中を見つけて舌打ちした。


「クソ、聞いた事もない生活魔法を使いやがって。あの程度で出し抜かれるとは。追え」


 慌てて追いかけるものの、アッシュには追い付かない。


 その日、バヤジット王国の禁書庫は焼失。禁書庫番のアッシュ・ジングスマンも、燃えた灰が風に乗る如く、行方をくらませた。


 だが翌日、王都の外壁に、墨で言葉が描かれていた。



「焚き付けたのはお前らだ。覚悟しろ」


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