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禁術使いと灰色の妖精
禁術使いと灰色の妖精
きょろ
異世界ファンタジー冒険・バトル
2024年12月25日
公開日
4.8万字
連載中
アッシュ・ジングスマンの命よりも大切な『バヤジット王国の禁書庫』が燃やされた。

書物を愛し、書物に愛されたアッシュは業火のごとくブチ切れ。
黒幕を見つけ出し、必ず燃やすと心に決めた。

これは、禁術書(書物)から得た膨大な禁術を使いこなす禁書庫番のアッシュと、
記憶喪失の灰色の髪の妖精ヴェロニカの二人の、壮大な旅の記録の綴りである──。

第1話 禁書庫番のアッシュ

 夕焼けの赤い陽が王都を照らす。窓から差し込む陽光の赤さに気が付き、男はページをめくる手を止めた。

 そろそろ蝋燭でも用意しようか。幸い、この本はまだまだ続く。夜通し読めるだろう。


「アッシュ、また小難しそうな本を読んでおるねぇ」


 幼くも明るい声。しかし口調は古風。言葉が男、アッシュに投げかけられた。

 アッシュは本から顔を上げ、うんざりしたような目を声の主に向ける。


 十二歳ほどの少女が書架の間に立っていた。灰色の髪が陽光を受けて赤みを帯び、桃色に見える。センスのない下級貴族の娘が、余所行きの服に選ぶようなフリルで装飾過多の赤いドレスを身に着けているが、桃色に染まった髪と不思議と馴染み、妖精の王女といった雰囲気だ。

 見た者がほぼ例外なく可愛い、と称賛するであろう。他称『禁書庫の妖精』の少女を見ても、アッシュのうんざりとした目は変わらない。


「ヴェロニカか」と溜息交じりにアッシュが言った。


「また性懲りもなく不法侵入しやがったな。当禁書庫はすでに閉館しました。出ていけ。まったく、いつもどこから潜り込むんだ」

「我を見てその反応をするのはお主くらいだねぇ。どうせ夕食も食わずに読みふけるつもりだったのだろう。ほら、食事を用意してやった。お主も食べるがいい」

「その食材はどこから出てきた、住所不定無職少女さん?」

「厨房で借りた」

「こら、俺の食材じゃねぇか。何が用意してやった、だ。ただ飯を食いに毎度毎度――サンドイッチか」


 ヴェロニカが白い手で持つ皿の上に乗った料理を見て、アッシュは落胆。向かいの席に座るよう顎で示した。


「本を読みながら食べるのだから、片手でつまめるものにしてやったわ」

「気が効くじゃないか」


 片手で本を支えて読み始めながら、もう片手で早速サンドイッチを掴む。

 葉野菜とハムとチーズ、少量のニンニクが挟まったサンドイッチだ。洗った葉野菜はきちんと水気を拭き取ってある。パンが湿ることもない。


「本当、本が読めるとなれば途端に怒りが霧散する奴だねぇ」とヴェロニカ。


「知的生物として、知識の塊に触れる時間を何よりも優先するのは当然の欲求だ。無為に日々を過ごし、半日前に何を学んだかを思い出すことさえ出来ない生は死んでいるのと同義である。ジャスパー・メンニルゲ『そこにいた証の領域』冒頭より抜粋」

「それを記憶喪失の我に言うのかい?」

「成程、デリカシーに欠けた。悪かった。それで、記憶は戻ったのか?」


 いつの頃からか、アッシュの前に現れるようになった少女、ヴェロニカは記憶を失っている。

 両親や友人、住所すら覚えておらず、辛うじて覚えていたヴェロニカという名前を手掛かりに情報を集めているが、彼女が何者なのかすらさっぱり分からないままだ。

 しかし、本人はまるで気にした様子もない。サンドイッチをリスのようにチビチビ食べている。自分の事だろうに、不安はないものか、とアッシュの方が心配になるほど無頓着だった。


「お前な――って、なんか焦げ臭くないか?」

「うん? そうだねぇ、なにか妙な臭いはしておる。じゃが、このサンドイッチに火は使っておらん」

「それもそうか。なら隣の家か? しかし、ここまで臭うのは心配だな。ちょっと見てこようか」


 アッシュは立ち上がる。

 ここは貴重な書物が集められた知の殿堂。禁書庫である。火気厳禁だ、絶対に。

 お隣が火事ならすぐに消火活動を手伝おうと、早足で玄関に向かったアッシュはは、窓から投げ込まれた松明にギョッとした目を向けた。

 石作りの床に落ちた松明。ご丁寧に油瓶が括り付けられ、硬い床に当たった衝撃で瓶の中の油が四散。火の手を拡大させた。


 お隣の火事、か。とんでもない。ここが今から火事場になるんだよ。


「ぬあああッ」と奇声を上げるはアッシュ。


 燃え盛る己の宝物殿から宝物を無事運び出すべく、忙しなく動き回り始める。

 バヤジット王国の有識者ならば、誰しも一度は聞いた事のある宝物殿「バヤジットの禁書庫」は今、赤い炎に包まれた。


「おお、これは建物ごと焚書しようという算段だろうねぇ」


 火急の用の最中にあるアッシュを眺めて、ヴェロニカがのんきにサンドイッチを齧る。


「クソがっ、我が一族の繁栄の礎、祖の血の結実、鍵を有する我はその宝庫を今開く──、」


 アッシュの詠唱が終わると同時、黒い靄が現れる。その靄を見たヴェロニカが感心したように拍手した。


「なんだか親近感の湧く魔法だねぇ」とヴェロニカが言った。


「魔法に親近感を抱くなんて訳分かんねぇことを言ってる暇があったら、お前もその飯代の代わりに手伝え。この靄の中に書架の本を片っ端から放り込め」

「収納魔法なのかい? 普通は宝石箱一つ入れたら容量限界だった気がするが、入りきるのかねぇ?」


 ヴェロニカの不安も当然だ。ここは禁書庫、バヤジット王国の有識者が一度は訪れるほどの書物が溢れる場所なのだ。

 アッシュは書架から希少本を抜き出し、靄に投げ込みながら言い返す。


「全部入る、ダテに禁術じゃない」

「き、禁術」

「いいから早くしろ!」


 黒い煙に燻されながら、アッシュは紙の書物を右手で掴みとり、火の粉が移った部分をはたいて消火。黒い靄の中に放り込む。


「自然だけで始めるサバイバルライフ読本、無事、次、石版類」


 魔力の使い過ぎで足がもつれる。煙に巻かれて脳が酸素を欲している。それでも、アッシュに禁書庫を出る選択肢はない。ここには彼の宝物が詰まっているのだ。


 十四歳で故郷を出て以来、十年もの間粗食に堪えて買い集めてきた、古今東西の書物。そのあまりの蔵書量から王城より資料閲覧に訪れる者が多く、国王より直接「バヤジット国の禁書庫番」という例を見ない称号と共に男爵位を受け取った。


 そんな書物がいま、灰になろうとしている。


「クソ、誰がこんな非道を。許さない、ゆるさない、ユルサナイ」


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