樹鹿の角の表面がなるべく残るように加工を進めていき、やがてなんとか持てるくらいの形になったそれを、オリハルコン製の刃と合わせる。
貼り合わせるようにしているが、まだニカワで留めてはいない柄で刃を挟む。
そこには一本の指が大きなドラゴンの手の姿があった。
「姿は悪くないが、やっぱり実用性はいまいちそうだな」
手に握って構えられなくはないが、ちょっと無理がある。オリハルコンのこのナイフと、うちの高級ナイフとで、どっちが料理道具やあるいは戦闘に適しているかといえば、どう考えても高級ナイフのほうだろうな。
一応、念のためにヘレンを呼んでオリハルコンのナイフを手渡した。柄は仮の固定ということで、軽く目釘を打って革紐で留めてある。
「これ、使えそうか?」
俺が言うと、ヘレンが手に持ったナイフを軽く振る。ピュンと空気を切り裂く音がした。それで鎌鼬でも起きそうな勢いだ。
これはもしや普通に使えてしまうのではなかろうか。そう俺は思ったが、ヘレンが発したのは違う言葉だった。
「いや、これはちょっと使うには厳しいな。使えなくはないけど」
肩をすくめて言うヘレン。俺は胸をなで下ろす。彼女で扱うのが難しいとなれば、そんじょそこらの連中では全く扱えないだろう。少なくともかなり苦慮するはずで、実戦で持ち出そうとはならないと思う。
「俺が高級なナイフを持って、ヘレンがそのナイフだったらどっちが勝つ?」
「エイゾウだろうな。10回やって良いとこ2回か……3回勝つのは厳しいかもな」
即答だった。俺も自覚なくかなり強いらしいのだが、それでもその足もとにも及ばない(と俺は思っている)ヘレンが断言するということは、俺の狙い通りのラインには仕上がってくれたということだ。
俺の狙い。それは「飾る以外の目的にはコストがかかること」である。
要は何かで帝国の王宮から外に出てしまったとき――例えば時代が下って帝国の王宮から盗み出されたとか――にそのまま使うのでは支障がある、ということになれば、それでいい。
いずれ柄を交換されてしまうまでの間だろうが、このオリハルコンのナイフが用いられることによる被害者が僅かでも減ってくれればいい。ナイフの刃の向く先が俺の知っている人達や、あるいはその子孫でないとも限らないわけだし。
まぁ、刃のそれも一部分だけでも相当な貴重品である。多少時代が下ろうともとんでもなく厳重に守られるであろうことは想像に難くない。
俺のこんな考えは取り越し苦労になってくれるとは思う。
既に特注品の武器もそれなりに作ってきたし、それらが誰かを傷つけることについては割り切っているつもりだったが、どうやら俺はまだかなり甘いようだ。
ヘレンに試してくれたお礼を言ってから、俺は顔をパチンと叩く。
よし、今後のことは一旦頭の中から追いやって、これを最高の仕上げにしてやるぞ。
そう思って、俺は少しだけ下がってきていた袖をまくり上げた。