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今はまだ違うけれど

 コツン、と手応えがあった。さっき切れたときと同じように振るったが、さっきとは違う手応え。リィンと鈴の鳴るような音は同じだが、思っていたよりもやや低いように思う。

 見てみると、鋼のナイフは無事にそこにあった。


 今、俺がしたのは「意識的に切れるところは考えず振り下ろす」だ。続いて、切れた光景を思い浮かべて軽く、ゆっくりとオリハルコンを振るった。


 再びリィンと涼やかな音がなる。さっきよりもやや高い……ように感じる音だ。結果を想像していたからかも知れないが。

 そこには切れた鋼のナイフ。先ほどよりもその長さを減じている。


「ふむ……」

「これは?」


 俺が軽くため息をつくと、リケが恐る恐る俺が今しがた切り落としたナイフの断片を拾い上げた。


「思った通りの結果だな」

「そうなんですか?」


 俺は頷いた。


「切ろうと思わずに振るえば切れない」


 俺は再び意識せずオリハルコンを振るう。軽やかな音がしたが、オリハルコンも鋼も変化はない。


「切ろうと思って振るうと切れる」


 今度は少し高い音がして鋼は切り落とされた。


「つまり、思ってることで性能が大きく変わる」

「なるほど……」


 最初に切れてしまったのは切れ味のいいところを思い浮かべながらだったからで、その辺りを考えずに振るえば切れない。

 ということは、切りたいと思っていないときにうっかり触れても、それで切れてしまったりしないわけだ。

 一番心配していた「気がつけば指をスッパリ」といったことは起きない。


「しかし、刃がついてなくてこれですか」


 リケが手にした鋼のナイフの断片をまじまじと見る。綺麗とは言い難いが、刃もついていない刃物(と言って良いかは疑問の余地があるけども)で切ったとは思えない断面をしている。 


「刃物としては恐るべし、だな」

「ですねぇ」


 刃のように加工するだけで、あえて研がずにおいても問題ないくらいの切れ味だ。

 研がずにおくのも良いかなとは思うが、将来オリハルコンでちゃんと刃付けをするときのことを考えて作業はしよう。


「ヘレン」

「ん?」


 俺はヘレンを呼んだ。ちょうど一休みしていて水を飲んだところだった彼女はすぐにやってくる。


「なんだ?」

「こいつで大軍を相手にするとして、どれくらい“もつ”?」


 ヘレンにナイフを見せる。ヘレンはナイフを見た後、俺に目を合わせた。俺は頷いて柄|(になるはず)のほうをヘレンに差し出した。


「ふぅん」


 まだ刃がついてないと見てとったヘレンは、本来なら刃があるはずのところを指でなぞる。


「エイゾウがつくるオリハルコン製のナイフだから、切れ味抜群、刃こぼれもしないとして……」


 ヘレンはそこまで言ってナイフを手の中で回転させた。まだちゃんとした柄がついていないそれを鮮やかに操ってみせる。


「アタイなら相手が何人いても半日はもたせてみせる」

「そんなにか」

「逃げていいなら逃げ切るだろうね」

「半日もあるなら、ヘレンならそうだろうな」


 ヘレンがやたら強いのは理解していたが、ナイフ1本で半日か。


「普通のナイフ1本なら1時間もつかもたないか……」

「普通のナイフでそれだけもったら充分以上だろ」


 その1時間の間にどれだけ損害が増えることやら。俺は肩をすくめた。


「じゃあ、仮にそれをディアナが持ったら?」

「ん~~」


 ヘレンは腕を組む。彼女にかかれば赤子の手を捻るも同然であっても、並大抵の兵士ではディアナには勝てない。そのディアナではどうか。


「1時間か2時間てとこじゃないか」

「なるほど」


 それも十分に脅威なのだが。全く手がつけられないようなことにはならないのは理解出来た。

 そして、今はそこが理解出来れば充分である。

 俺は大きく頷いてから言った。


「2人でそれなら世の中に出ても大丈夫だな」

「ああ……まぁ」


 俺の言葉に、おずおずとだがヘレンが頷く。

 これは最終確認だった。“万が一”のとき、どこかで止めることができそうかどうかの。

 この工房から出たもので何が起きても俺に責任があるわけではないと分かっていても、この世界が悪い方へと流れるところまでいったとき、その要因になるのなら対応できるかは知っておきたい。


「うーん、親方はもう既に伝説を名乗っていいのでは」

「それにゃまだまだ早いよ」


 俺はまだチート頼りでなんとかしている状態だ。純粋に本人の腕前ならリケの方が上だろう。

 それを乗り越えるまでは、その名乗りはお預けにしておきたい。あまり目立ちすぎるのも「お客さん」としてはよろしくないと思うし。


 ヘレンと顔を見合わせて困った顔をするリケ。そして肩をすくめるヘレン。

 2人を見ながら、俺は次の作業の段取りを考えるのだった。


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