「へぇ、そんなにか」
夕食のスープを口に運びながら俺は言った。サーミャが言うには、今年は――と言っても獣人の彼女はまだ6歳なのだが――鹿や兎なんかの草食動物の姿が多いらしい。
「ああ、でも心当たりがないわけじゃないな……」
俺は天井を見上げたあと、サーミャの方を見た。
「俺がここに来てそんなに経ってない頃、大黒熊倒しただろ」
「あー」
サーミャも思い至ったようだ。そう、この森に来てそんなに経たない頃。サーミャがうちに来てリケが弟子になり、カミロの店へ品を卸しに行くようになった頃だったか。
「あれがいなくなっただけでもだいぶ違ってそうだな」
「だな」
「ですねぇ」
俺が言って、サーミャとリケが頷いた。あの大黒熊は俺が命の危険を感じるくらいには「強い」ようだった。であれば、角鹿の1頭2頭なら後れを取るようなことはあるまい。
それに凶暴になっているようでもあった。いずれ群れた鹿か、あるいは狼たちに狩られるかするだろうが、それまでの被害は尋常ではあるまい。
止められたとして、鹿や狼の側にも被害は出るだろうし。それがこの森における個体数調整の役割を果たしていた面は間違いなくあると思う。
「その後にも、もう1頭倒したろ」
今日大きめの鹿を仕留めたと聞いたので、食料庫のスペースをいくらか空けるべく焼いた骨付き肉にかぶりつきながらヘレンが言った。
「そうだった」
俺が苦労したのは何だったのかと思うほど、あざやかにヘレンが倒したんだった。その時にいたのが幼狼だったルーシーである。
かなり体つきはスラリとして、大きくなってきた。あの時はまだ俺の膝で丸まれるくらいだったのにな。
それはともかく、俺たちは草食動物達の個体数が減る要因を排除してしまっていたのだ。それも2頭も。
その分、生き延びて“黒の森”で今も生きる鹿や兎が増えたのだろう。
「今後はあんまり倒さずに、お帰り願った方が良いのかなぁ」
「どうでしょうね」
いつの間にか夕食を食べ終えていたリディが言った。
「私たちの森でも、毎年それなりの数を倒してましたけど、それで困るような事は無かったですし」
「ふむ」
「それに……」
リディはチラリとルーシーを見た。
「うちのルーシーちゃんは大丈夫でしょうけど、ああも凶暴になってしまっては、魔物になったときに手がつけられませんから」
ルーシーも魔物である。狼の魔物なのだが、まだ凶暴さはない。家族の愛を一身に受けて育ってきたからか、頭脳のほうに魔物としてのブーストが出ているからかはわからないが。
この大きさまで成長しても凶暴さが芽生えないなら、もうずっとこのままではなかろうかというのがリディの見解である。
一方で、大黒熊のようなもともと凶暴な獣の場合は魔物になるとより凶暴に……つまり、食べることよりもただ殺していくことだけを行っていくようにもなりかねないのだと、リディはみんなに説明した。
その説明を聞いて、ディアナとアンネが身を震わせる。
「うーん、私は一度見たけど、あれより凶暴なのは見たくないわね」
「私は見てないけど、聞く限りでは見ないほうがよさそう。まぁ、でもそういうわけにもいかないわよね」
そこで話題は「では出会ったらどうしようか」に移り、その話は全員が食事を終えてもしばらくは続くのだった。