再び加工できるようになったオリハルコンをマリベルから受け取る。ヤットコで金床へと移す。
「そう言えば、マリベルは熱くないのか?」
「うん? へーきだよ!」
「そうか」
オリハルコンから目を離すわけにもいかないので、マリベルがどんな表情をしているかは分からないが、声の感じからするとニコニコしているに違いない。
「それじゃあ、もういっちょ!」
「はい!」
鎚の合図と大槌の響き。俺の鎚も加わって、オリハルコンは徐々にだが姿を変えていく。
「しかし硬いな」
「そうですね」
リケが頷くと、いつの間にか近くに来ていたマリベルが言った。
「そうなの?」
「うん。あんまり近寄ると危ないぞ」
「はーい」
刃はついていないが、重量のある金属を振り回している事には変わりない。
マリベルは炎の精霊であるから、物理で殴っても何の影響もないかも知れないが、当ててしまったときに気分がよろしくないのは同じだ。
それが分かっているのか、マリベルは素直に引き下がった。
それにしても、普通の炎では歯が立たず、純粋な魔力による炎でやっと加工できるようになったかと思えば、相当に硬い。
叩いたら確実に変形はするのだ。実際、今オリハルコンは当初よりも僅かにその厚みを減じて、その身に無数の鎚目をつけている。
しかし、鋼であればとっくのむかしに形だけは出来上がり、何ができるのかがハッキリ分かるようになっている頃合いだが、オリハルコンはこのまま出しても、まだ素材のままとほぼ区別がつかないだろう。
鎚目があるから加工はしているのだなと分かるくらいで。
「割れないですかね」
「よっ。今のところ、それは無さそうだが」
あまりにも硬いと「割れ」の心配が出るのはそうだろう。その割れやすさをフォローするために、日本刀では中に柔らかい鋼を挟んだりするわけである。
チートで確認しても微細な割れも今のところ発生していない。
「逆にちょっと不安にはなるな」
「そうですね」
あまりにも通常とかけはなれていると、「今やっている作業は正しいのか」という不安に苛まれる。
俺はまだチートである程度「大丈夫そう」ということが分かるので、ある程度気楽なものではあるが、それでもメギスチウムの時は相当に不安があったし、今も全く不安がないわけではない。
チートで状況を把握できるわけではないリケは尚更だろう。だが、それでも。
「今のところはコツコツやるしかないな」
「はい!」
金属と金属が打ち合う音を鍛冶場に響かせながら、俺とリケは作業を進めていった。
「うーん……」
「やっとって感じですね……」
間に昼飯を挟み、マリベルにも何回も頑張って貰った。時間的にはもうすぐ外に出て行った家族が帰ってくる頃、つまりは今日はそろそろ店じまい、というところだ。
加工ができるタイミングはとっくに過ぎているが、金床の上でまだ熱を放っているオリハルコンを3人で見る。
「あんまり変わってない!」
「そうだなぁ……」
ケラケラと屈託なくマリベルが笑う。怒ったりとかそういう感情は浮かばない。娘の言ったこと、というのもあるが、彼女にも頑張って貰って申し訳ないところがあるし、何よりもそれは事実だからだ。
「それでも最初よりはかなり形ができてきてますよ!」
明るい声でリケがそう言った。これも事実だ。全く歯が立たなかったわけではない。辛うじてナイフと言えるかもという形にはなってきた。
ほぼほぼ石器みたいな形ではあるが。
俺は腕を組んで疑問を口にした。
「時間をかければいけるのは確かだが、ここまで加工しにくいもので、2メートルもある剣が作れるのか?」
リケとマリベルも腕を組んだ。マリベルの方は真似っこだろうけど。
「勇者に渡す剣となれば、時間は無尽蔵に使って良いって事なのかも知れないが……」
何せ伝説に残る剣である。数年がかりで鍛えた可能性もあるとは思う。ものの2~3日で出来たはずはないだろうが、それでもあまりにも時間をかけていたら状況が変わってしまう。
ある程度常識的な期間で作れたはずだ。まぁ、常識外れの鉱物に常識を持ち出して良いのかという話はあるが。
「マリベルの炎以外に何か手順があるはずだ、と?」
「そうなんじゃないかと思う。ただ……」
俺はマリベルを見た。マリベルは腕を組んだまま小首を傾げる。あまりに可愛らしいので、その頭を撫でると「きゃーっ」っとくすぐったがった。
「それならマリベルがどっかで『違う』って言うと思うんだよな」
「ですよねぇ」
「マリベル、昔、ドンドルゴが何かしてたとか覚えてるか?」
「え? うーん」
マリベルは今度は普通に腕を組んで悩みだした。
「食ってた飯とか、なんでもいいぞ」
「うーん、ご飯は普通だった」
うんうん悩むマリベル。「俺たちでやるべき事だし、覚えてないなら気にしなくて良いぞ」と声をかけようかと思ったとき、マリベルがパッと顔を輝かせる。
「思い出した!」
「本当か!?」
「うん!」
力強く頷くマリベル。
「なんかね、トンカチがもっとキラキラしてた!」
「これが?」
「そう!」
俺がまだ片付けていなかった自分の鎚をマリベルに見せると、彼女は再び力強く頷く。
「キラキラ……ってことは」
「魔力ですねぇ」
つまり、ドンドルゴは相当量の魔力を纏わせていたことになる。俺は今は加工を優先するため、魔力のほうはあまり意識しなかった。
「よし、試してみるか!」
「そうですね!」
俺が腕まくりをし、リケが勢いよく立ち上がったところで、鍛冶場の扉が勢いよく開いた。
「ただいまー」
入ってきたのはサーミャだ。ああ、そうか、そんな時間だったな……。
「お、お帰り」
俺はそれだけ言うと、片付けの準備を始めるのだった。