地味だが、確実で大きな一歩。何せ傷すらつけられずに途方に暮れていたのだから、加工できるようになったのはこれから先のことを考えると喜び以外にない。
今すぐにでもお祝いしたいくらいの気持ちだが、まだ一歩でしかないのも確かだ。浮かれるにはちと早かろう。
さっきの感覚から言うと2週間あれば、ナイフサイズならスケジュールには十分余裕があるはず。……だが、想定外のことはそんなときに訪れるものである。
前の世界でも「これだけ取れば十分だろう」と思って設定したスケジュールがギリギリだったことは何回もある。
そのたびに徹夜したなぁ。この世界でも徹夜できなくはなかろうし、加工するのがオリハルコンでなければそれも選択肢に入るが、オリハルコンの加工にはマリベルの手を借りなければいけない。
つまり、マリベルも徹夜に付き合わせることになる。さすがにそれは避けたい。最終手段としても選択肢には入れずにおくつもりだ。
となれば、普通は今日のうちに少しでも進めておくべきなのだろうが……。
「さて、今日は片付けて飯にしよう」
俺は言った。皆の頭の上にハテナが浮かぶ。すっかり集中していたのは俺だけではなかったらしい。
俺が指さすと、皆「ああ」と顔と声で反応した。窓からはオレンジ色の光が見えている。世界が、今日一日の終わりが近いことを知らせてくれているのだ。
「オリハルコンのほうのお祝いはまだ先として」
俺は立ち上がり、トントンと腰を叩く。そして、似合わない事は分かっているがパチリと片目を閉じた。
「マリベルお帰りのお祝いはしないとな」
一瞬キョトンとしたマリベルの顔が笑みで満たされる。ニコニコと家族のみんな、そしてリュイサさんもそれを見守っている。
あ、そうだった。
「もちろん、リュイサさんもご一緒に」
俺がそう言うと、リュイサさんもマリベルに負けないくらい満面の笑みを浮かべた。
「よし、それじゃあサーミャとリケはちょっと良い肉を、リディとアンネで野菜を取ってきておいてくれ」
「私たちは?」
ディアナが俺に聞いた。隣にはヘレンもいる。
「2人は……」
目を輝かせる2人。俺は少し悪いなと思いながらも、答えを口に出す。
「いつもの通りにしていてくれ」
ディアナとヘレンが姿勢を崩す。
「別に作業を任せるのに問題があるとかじゃないぞ。2人にはいざという時の備えとして、力を維持してもらわないと困るからな」
2人とも1日剣の稽古を休んだ程度で急激に腕前が落ちるようなことはなかろうが、作業を任せるよりも戦力として底上げをできるようになっていって欲しい、というのが我が家の安全保障を考えた場合の素直な要求なのだ。
「それに、娘達と遊ぶってのもあるしな」
うちの娘達はちょっと遊んで貰った後、剣の稽古を眺めて過ごすことが多いらしい。今日はリュイサさんもいるし、もてなすまではいかずとも、ちょっと相手をしておいて貰いたいのもある。
その大事な任務を聞いた2人は、パッと顔を輝かせた。うちで良く娘と遊んでいる家族を上から2人選べと言われたら、この2人だというのもある。が、それは当然言わないでおいたのだった。