“魔法の炎”、リュイサさん曰くオリハルコンの生成に必要なものはそれであるらしい。
たかが鍛冶屋――と言ってもオリハルコンを任されるくらいなのだから、それなりの扱いはしてもらっているだろうけれど――がやる作業に、魔法の行使が高コストなこの世界で「魔法の炎を試してみよう」と思って実行できる者は相当限られてくるはずだ。
それなりの時間、高出力を維持しないといけないわけだし。
炎の精霊であるところのマリベルであれば、魔力さえあるなら、その辺は無尽蔵に維持できるということだった。
つまり、この世界でも特に魔力が多い“黒の森”で、その中でも更に魔力が充満しているらしい我が家においては「燃料切れ」を心配する必要はない。
「よゆーよゆー」
本人に聞いてみるとニヤリと笑いながら言っていたから、実際に余裕なんだろうな。
「よし、じゃあ試しにちょっとお願い出来るか?」
もう結構いい時間になりつつある。まだ日は沈んでいないが、俺は晩飯の用意もあるからな……。今日は勘所の端っこに指がかかればよしとしよう。
ついさっきまでは指すらかからずに途方にくれていたんだから。
「わかった!」
勢いよく頷くマリベル。見た目は炎に包まれている彼女だが、頭を撫でてやっても熱を感じることはない。
元々そうだったのだが、以前は気を抜くと熱くなる可能性が結構あったらしい。小屋の方で寝てたのは向こうなら大事にはなりにくかろう(さすがにクルルやルーシー、ハヤテが火傷する前には離れるつもりだったようだが)という配慮もあってのことだったみたいだ。
うちの子はみんな良い子だなぁ。
一旦、火床の送風を止めて火を落とす。赤々と炎が舞っていたそこは、白と黒と灰色のモノクロの世界になった。
その真ん中にマリベルがちょこんと立った。足は後で“お母さんたち”と温泉でも行ったときに綺麗にして貰えばいいだろう。
「いくよー」
合図したが早いか、マリベルが纏っていた炎がゴウと音を立てて大きさを増す。さっきまでとは違って、炎の色が青い。
普通なら温度が高いか、あるいは燃えるものによって炎に色が着く、炎色反応だと思うところだが、俺のチートはそのどちらでもないことを知らせてきている。
不思議なことに、炭には火がつかないようだ。
これが正真正銘魔法の炎、それも炎の精霊が出す「一級品」というわけだ。
「綺麗……」
思わずだろう、ディアナがそう呟いた。深い青と仄かに白の入った空の色の間を行き来する魔法の炎は確かに綺麗だ。
「じゃ、ここに置いて」
マリベルは火床の一部を指し示した。俺は指示されたところにオリハルコンをそっと置く。白と黒に青が混じった小さな箱庭に、黄金色が加わる。
マリベルはオリハルコンの表面にそっと手を置く。
「フッ」
僅かに気合いを入れたかと思うと、さっきまでよりも派手に炎が立ち上る。
家は最悪なんとかなるが、マリベルの身に良からぬ事が起こったようにも思えて、リュイサさんの方を見てしまう。
しかし、彼女はニッコリ微笑んで頷くだけだった。“黒の森”の主から直接保証を貰えた。とりあえずは見守ろう。
マリベルが手を当てて少し。オリハルコンがどことなく、鋼と同じような雰囲気になってきた。
「いいよ!」
マリベルが大きく叫んでオリハルコンから手を離し、俺は素早くヤットコで掴む。
すぐさま金床の上にオリハルコンを置いて、鎚で打った。
キィン、あるいはチリンと澄んだ音がする。さっきまでとは音が違うような……。
もう一度キィンと音をさせて、俺は鎚を振り下ろす。そして、ヤットコで掴み、その表面をチートも併用して確認してみた。
「ど、どう?」
心配そうな顔でマリベルが聞いてくる。別にダメでも彼女の責任はないのだが、それでも気になるのだろう。
「成功だよ」
俺はそんなマリベルに向かってサムズアップした。ヤットコで掴んだオリハルコン。そこには僅かだが、2回鎚で打ったその痕跡がしるされているのだった。