ドン・ドルゴ。この世界で600年前、魔族とその他の種族との間で大きな戦争が起きた時、勇者に剣を打った鍛冶屋の名前だ。リケが知っているように、後世にまで名前の残ったいわゆる「伝説の鍛冶屋」である。
確か長さ2メートル、幅60センチもあるオリハルコン製の大剣を作ったとかなんとか。
そんな彼が手を借りた――伝説によれば「神から力を授かった」ということになるが――のがマリベルというわけだ。
マリベルがドン・ドルゴのところへ行った事自体に神の介入があったなら、力を授かったというのも間違いではあるまい。
「そういえば」
そう言ったリケに視線が集まる。リケはすこし身を縮こまらせた。彼女はそのまま言葉を続ける。
「ドン・ドルゴが打った剣を使った人……勇者ってどんな人だったの?」
長さ2メートル、幅60センチもあるオリハルコンの、半分は塊のようなものを武器としてぶん回す御仁とはいかなる人物だったのか、それは俺も大いに気なるところだ。
もしもマリベルが覚えていたら教えて欲しいのは俺も同じである。リュイサさんは直接覚えてそうだけど「600年前からずっといる」ことがバレる質問ははぐらかされそうな気がする。
「うーんと、1回だけ来たけど、大きかった!」
「大きかった? ヘレンくらい?」
急に名前が出てきたが、ヘレンはすぐさまビシッと気をつけの姿勢を取った。さすが傭兵と言っていいのかは分からないが、ビシッと真っ直ぐに立っていて格好良さがある。
ヘレンは俺より身長が高い。俺も決して低い方ではないのだが、俺よりも高いので相当な高さのはずだ。それでも振り回すには相当苦労する大きさだろうが。
マリベルは首を横に振った。
「ううん。アンネおねえちゃんより大きかった」
「私?」
アンネは自分を指さした。彼女は巨人族と人間族のハーフである。ヘレンよりも更に身長が高くて家と鍛冶場への出入りはかろうじて問題ないものの、ベッドは他のみんなよりも一回り大きいものを使っているくらいである。
その彼女よりも大きいということは、かなりの身長ということになる。つまり――
「勇者は巨人族だった?」
リケが言って、俺は黙って頷いた。なんとなく勇者は人間族だろうと思い込んでいて、文字通りの大剣をぶん回せるようなのは筋肉モリモリマッチョマン(変態かはともかく)だと想像していた。
だが、そうではなくて、そもそも巨人族なので身体が大きく、それに合わせて作ってもらっただけ、というのが真相のようである。
うーん、歴史ロマンって蓋を開けた真実を知るとただただ普通のことだったりするよな。
「綺麗なひとだったよ」
「女性だったのか」
今度は俺の言葉にマリベルが頷く。これもすっかり男だと思いこんでいた。
そう言えばこの世界ではその600年前の戦争でいろんな種族や性別の垣根がかなり取っ払われたのだと聞く。
魔族を除いた全ての種族をまとめたであろう勇者が人間族でもなく、男でもなかったのが理由なのだろうか。それが全てというほど単純な話ではないだろうが、一因にはなったんだろうなぁ。
「なんだか凄いことを聞いちゃった気がするわ」
「歴史の真実、みたいな話だからなぁ」
ため息をつきながらのディアナの言葉。俺は苦笑した。今現在でも色々な話が残っているほどのことであっても、詳しいところが伝わっていなかったり、後世の創作が加わっていたりするのは前の世界もこっちも大差ないらしい。
今回で言えば勇者の種族と性別は詳細には伝わっていなかった。いや、伝えさせなかった可能性もある。
無い情報を知らない人々が補完すれば、それは本来の情報とは違ったもので埋められ、上書きされ、それが「本物」として残るわけだ。俺も自分の情報はそうしようかな。
ともあれ、そんな勇者の剣を作る一助になった精霊。その彼女の話も今は詳細には残っていないわけだが、その彼女が今はここにいてくれる。
「もし将来、勇者の剣を打つ事になったら」
そんな冗談みたいな話がおいそれと実現するとは思えないが、これはその第一歩になるかも知れない。
それに気がついて、俺は少し居住まいを正す。
「それじゃ、オリハルコンの加工、その最初の一歩を始めるか」
パチパチと鍛冶場に響く拍手。よし、チートも含めてではあるが、俺の全力を注ぎ込むとしよう。