「ぐ、具体的に聞かせて貰ってもいいですか?」
胸を張っているうちの娘はさておいて、俺はリュイサさんに尋ねた。手がかりがあるなら、それがなんであろうと一度は聞いておきたいところだ。
その手段がマリベルや他の誰かを犠牲にして、なんて話なら諦めるしかないが、そうでないなら「やってみる価値はありますぜ!」というやつだ。2週間の期限中ギリギリかかってでもやるべきだろう。
「エイゾウくん」
「はい」
リュイサさんがスッと目を細めたので、俺は居住まいを正した。彼女の眼差しには少し真剣味が混じっている。
「ここの火は普通の火よね?」
「ええ、まぁ。炉の方は特殊な部分が多いですが、火は普通です」
魔法の炉は魔法で高温が維持されるし、いちいち壊さなくてもいいし、スラグというゴミのようなものも出ない、まさに魔法の炉だが、火そのものは燃料(木炭)を燃やしているだけだ。
火床に至っては送風が魔法で制御されているだけで、その他は普通の火床と変わりがない。強いて言えばどっちも魔法で着火できるというところくらいか。
なぜそうなっているかと言えば、単に俺が使える魔法がそのあたりが上限、というだけの話である。
それでもこの世界では、エルフでもない限りはそれなり以上に教育を受けている――つまり、貴族か裕福な家庭――でないと、俺くらい魔法を使えるようにはならないそうで、今うちで魔法が使えるのは俺とリディの2人だけだ。
ともかく、うちで扱う火そのものは台所も含め、全て普通の火である。リュイサさんがそこを確認してきたということは――
「ああ、なるほ……」
「普通の火では加熱できないってことですか!?」
俺に被せて興奮気味にリュイサさんに言ったのはリケである。目がキラキラ輝いていて、どうやらスイッチが入ってしまったようである。
その勢いにリュイサさんも少し気圧されぎみになって、目を丸くして頷くばかりだったが、やがて気を取り直したのか咳払いをした。
「コホン。そうね、普通の火ではダメね。高い温度であってもダメなのよ」
「温度が高けりゃいいなら炉に放り込むのが手っ取り早いですね」
俺の言葉にリュイサさんが今度は落ち着いて頷く。鉄が溶ける温度は炭素が混じったりする(つまり、鋼になる場合だ)と大体1200℃くらいであるらしい。
火山から噴出するマグマは実は800~1200℃程度だそうなので、冷えた溶岩を手に入れたとき、うちの炉に放り込めば、ここで溶岩を観察できることにはなる。
あくまで理屈の上では、だが。
「では、魔法の火では?」
静かな声でリディが言った。彼女は魔法で火が出せる。彼女に頑張ってもらえば実は加工可能なのだろうか。
しかし、リュイサさんはゆっくり首を横に振った。
「それはあくまで魔法で出た火。純粋に魔力だけで構成されたものではないでしょう?」
「……そうですね」
明らかにがっかりした様子のリディ。その肩をサーミャがポンポンと叩いてやっている。
「まぁ、魔力だけで構成された火は、魔法では出せないのだけどね」
パチンとウインクをするリュイサさん。俺はあまりそれに反応しないようにして言う。
「つまり、マリベルならそれが出せると?」
「ええ。正しくはそれがちゃんと出来るようになった、というべきね。“前”の記憶があるとは言っても、代を重ねてしまうと忘れてしまうこともあるから」
懐かしむような顔をするリュイサさん。彼女は微笑んで、マリベルに向かって言った。
「昔にも鍛冶屋のところにいたのを思い出した、って修行中に言ってたわね」
「言った」
マリベルはコクリと頷く。リュイサさんは再びふわりと微笑んだ。
「もう一度、名前を教えてくれるかしら?」
その後、マリベルから出てきた名前に、俺とリケは息を呑んだ。マリベルは一瞬だけ逡巡した後、こう言ったのだ。
「ドン・ドルゴだよ」