目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

こめる熱

 ドキドキしながら確認をしてみると、オリハルコンは全くその姿を変えていなかった。鎚のほうも変わっていないから、引き分けといえば引き分けである。


「ダメかぁ……」


 俺は肩を落とした。こうなることは多少覚悟していたが、成果なしはやはりこたえるものがある。

 まぁ、これですんなり加工されるようでは最上級の素材とは言えないからな。少々の歯応えがあったほうが腕が鳴るというものだ。

 と、強がっておこう。


 さて、そうなると今度はどういうアプローチがいいだろうか。ここまで加熱することは試していない。

 それであっさり加工できるようになるなら苦労はないなと思ったので試していなかったのだが、一度は試してみるべきだろうか。


「試して損するものでもないし、やってみるか」


 リケたちの納品物製作に影響しないよう、合間を見計らう。言えば優先してくれるのだろうけど、それはちょっと気がひけるからな……。


 ゴウと火床の炎が吠える。普段よりも少しだけ強い火。鋼と同じ温度でもいいのだが、そもそも加熱だけで加工できるようになると思えないし、なるとしても、より高い温度が必要であってほしいという願望も込みでの話だ。


 火床にオリハルコンを入れる。オリハルコンは炎を受けてキラキラとオレンジ色に輝いている。


「……?」


 どれだけ待っても照り返しで輝いているだけで、見た目の変化がない。

 俺の場合はチートの補助もあって、鋼なら加工できるタイミングがはっきりとわかる。それに、鋼なら自身がオレンジ色に色を変えて、加工可能な温度に達したことを教えてくれるのだが。しかし、今はチートで見ても加工可能だとは思えない。

 むしろ全く状態に変化がないことの方を教えてくれている。温度自体は上がっているようなので、加工可能ではないということだけがハッキリとわかる不思議な状態だ。


 それでも一縷の望みをかけて、オリハルコンをヤットコで掴み、火床から出して金床の上に置く。

 手をかざしてみると確かな熱さを感じる。やはり温度自体は上がっていたようだ。

 鋼なら反応がある程度の強さでオリハルコンを叩く。キン、と澄んだ音を響かせたが、予想通りビクともしない。


 うーん、こうなると取っかかりも掴めなくて困るな。メギスチウムのときのように、魔力をどうこめるかというような具体的な目標があれば、それに向かって進むことができるのだが、どこに進めば良いかの指標もわからないのでは改善のしようがない。


 2週間の時間をもらっているから、しばらくは試行錯誤する猶予がある。

 だが、前の世界での経験から言って、初日で何も見えなかった時は大抵解決しないものだ。そういう場合、どうしていたかというと……。


「諦めて気分転換するか?」


 俺は独りごちた。いや、流石に早いか。もう少し悪あがきをしてからでも遅くなかろう。ジタバタともがくだけになる可能性が非常に高いが、それでもやらねばならない時というものはあるのだ。

 とは言え、今は少し休憩にするか。そう思ってカップに水を汲んで飲み干す。身体の中を冷たさが駆け巡るような感覚。それにつれて、冷静さも幾分取り戻せたような気がする。


 さてさて、次はどんな手を打とうかな、そう思ったとき、鍛冶場の中に大きな何かを感じた。

 この気配には覚えがある。それもついこの間まで、日常になると思っていたもの。


 その気配はやがて固まって形をとる。現れたのは、見覚えのある姿。人形のような整った顔に満面の笑みを湛えている。

 そして、彼女はこう言った。


「ただいま!!」


 そう、そこにいたのは、うちの末の娘だったのだ。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?