朝の水汲みも、支度も朝食もいつもの通りに済ませる。
今日から取りかかるものを考えればもう少し厳かでも良かったようには思うが、気負いすぎるのもよろしくないかなぁと思って普段通りにした。
手を合わせてから、神棚の前に置いてあったヒヒイロカネとアダマンタイトに少しの間、脇に退いてもらう。いずれ何か形にしてやらないとなぁ。
空いたスペースにオリハルコンを置く。僅かにキラッと輝いたように見えるのは気のせいだろうか。
そして二礼二拍手一礼。いつもの朝の習慣だ。しかし、お祈りがどうしても長くなる。
今から打つ一振りには思惑も乗ってはいるが、願いも混じっているのだ。その願いが伝わるようにと、長めに祈ってしまう。
誰に伝わるかも良くは分かってないけれどもだ。ここに祀られているのは俺お手製の謎の女神像だしな……。
「それじゃ始めるか」
シンと静まりかえった鍛冶場。そこに火の音を加えるべく、俺は魔法の準備を始めた。
キン! と澄んではいるが派手な音が鍛冶場に響く。
神棚から下げてきたオリハルコンを金床に置いて鎚でとりあえず叩いてみたのだ。加熱も何もせずに素のままだ。
ド派手に叩いておかしなことが起きても困るので、まずは軽めに叩いている。普通の鋼ならこれでも多少の傷がつくところだが、案の定オリハルコンにはほんの僅かな傷一つつかない。
「おう……」
軽めに叩いたつもりではあったが、鎚のほうに少しばかり傷がついている。うーん。
「よし」
俺は調整用の鎚を手に取り、普段使っている鎚に魔力をこめることにした。ガツッと鈍い音を立てながら、キラキラと光る何か――魔力なのだが――が鎚に入っていく。
やがてそれが余り入らなくなってきたところで手を止める。
「こんなもんかな」
窓から差し込む柔らかな陽光に鎚をかざすと、キラキラと魔力が光り輝く。
この鎚で殴れば、大抵のものは一発でその形を変えるだろう。まぁ、その例外になりそうなものがうちには3つもあるわけだが。
「よっと」
先ほどと同じ強さ(チートがあるので本当に全く同じ強さだ)で叩く。キィンと先ほどよりも澄んだ音が響いたが、鎚にもオリハルコンにも何の変化もない。
鎚を確認してみると、今度は傷がついていない。と、いうことは単純に硬いのだな。
オリハルコンは鉱山などで不純物混じりの鉱石として掘り出す、というよりはビスマス結晶や塩の結晶のように立方体やそれが組み合わさった形で発見され、周りの岩を取り除く、いわば発掘のような方式で採掘されるのだそうだ。
他には「探索者」たちが遺跡から見つけてきたりすることもあるそうだが、それも採掘されたあとは同じようにされているだろう。
こいつも岩に埋まっていたとしたら、ガンガンやって周りを綺麗にしたのだろうに、変形も何もない。
つまり、それだけやっても平気なくらい硬いわけだ。
俺はさっきよりも強く叩く。やや思い切り振り下ろすと、カァン! と大きめの音が鍛冶場に響き、その音のお釣りと言わんばかりに手に衝撃が伝わってくる。
「す、すまん」
一瞬、火床の炭が燃える音だけになった鍛冶場で俺は頭を下げた。再び鍛冶場に作業の音が戻ってくる。
確認してみると相変わらず鎚にもオリハルコンにも、傷も変形も全くない。いや、鎚のほうに変形がないのは頭のところだけで、軸との接続はいくらか緩んでしまった。さっきの衝撃でだろう。
俺は緩んでしまった軸を直しながら考える。やはり硬さは相当なものがある。しかし、先ほどの音は金属と金属がぶつかりあっただけの音ではない。
これはやはり――。
「魔力か……」
魔力の籠もったもの同士がぶつかりあった時の感触は知っている。どちらも俺が作ったものだが。
さっきの感触はそれに近かった。それならば、オリハルコンから魔力を抜いてみるべきだろうな。
いそいそとその準備をする俺にリケが、
「親方嬉しそうですねぇ」
と声をかけ、俺は笑顔を返して、それに応えるのだった。