春になると、冬の間は冬眠までとは言わずとも大人しくしていた獣や虫たちがあちこちで活発に動き始め、木々や草花が芽吹き始める。
それは“黒の森”の生き物たちも同じだった。そして、この街を行き交う人々も変わらないらしい。
ごった返す人の波。そこを比較的ゆっくりとクルルの牽く荷車は進んでいく。牽いているのが走竜という物珍しさはあれど、こんなところをのんびり進んでいる竜車にオリハルコンが積んであるとは思うまい。
チラッと目を寄越すことはあっても、それ以上こちらを見る人はあまりいない。まぁ、あまりにも露骨にこちらの様子を窺うやつがいるようなら、ヘレンが気がついて警告を発してくれるだろうけど。
各々に他の時期にはあまり見ない量の荷物を抱えたり背負ったりして、道を行き交っている。この街も冬の眠りから覚めて、春を謳歌しようとしているようだ。
ガタゴトと、サスペンションで吸収しきれなかった揺れに身を任せながら、街の血液であるかのように道を行く人々を、俺は眺めた。
街から出るとき、街の入り口で街道に目をやっているのは、来たときと同じ衛兵さんだった。
俺は手を挙げて衛兵さんに挨拶をする。
「それじゃあまた!」
「ああ、気をつけて」
衛兵さんは鷹揚に手を挙げて応えてくれた。次に来るのは2週間後だ、その間も彼らが平穏に過ごせると良いのだが。
街道は来たときと同じようにそよ風が草原を走り抜けている。ピクニックでもしたら気持ちいいだろうな。
そんな春の匂いは“黒の森”に戻ってきてからも同じで、森の中を走る風と揺れる枝に少々苦労させられている鹿達の姿があった。
水汲みの時を除いて、こんな光景を見られるのは2週間後だ。そこまでにオリハルコンが片付いてくれれば、狩りか何かに帯同して見ることができるだろうが、それを織り込んでスケジュールを立てるのは少し難しいので、2週間後の納品(とオリハルコン製ナイフの引き渡し)以降で、どこか休みを取ろう……。
家に到着すると、皆で手分けして2週間分としてカミロのところから買った食料や雑貨、消耗品を倉庫や鍛冶場、そして家に運び込む。
こうして、春の一番の納品は無事に終わった。
「見当はついてるんですか」
「いや、まったく。今までのを片っ端から試してみるつもりだけどな」
その日の夕食のとき、目をキラキラさせたリケに聞かれて俺は肩をすくめた。最初は普通に加熱をして叩いてみるところから、あとはメギスチウムの時みたいに高濃度の魔力に晒すとか、或いは逆に魔力を完全に抜ききってしまうのもありかも知れない。
街にもごく僅かなだけで、魔力は存在する。エルフや魔族が暮らしていくのに必要な濃度ではないというだけで。
そのちょっとの魔力を増幅し、硬度や耐熱性を持つような性質があるとしたら、完全に魔力を抜ききれば加工が出来るのでは無いかと思っている。
いずれにせよ、このあたりの試行錯誤は明日、鎚で軽く叩いて様子を見てからだな。
俺はそうリケに説明をし、キラキラと目を輝かせる彼女に些か苦笑気味の表情を向けながら、あまり歯ごたえがありすぎないと良いのだが、とそう思った。