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帰宅の時間

 番頭さんが戻ってきて、確認が終わったことを告げる。俺たちはそろそろお暇だ。

 部屋から出る間際、俺はカミロを振り返った。


「そうそう。納期は2週間でなんとかするとしてだ」

「ん?」

「報酬は?」

「ああ……」


 ここは聞いとかないと色々怖いのである。俺としては正直なところ、言われた値段で良いんだけどな……。

 まぁ、そうもいくまい。今も視線が俺の頬を突き刺すかのように注がれているのだ。


「とりあえずは金貨でこれくらい貰えることになってるよ。王国金貨だが」


 カミロは指で数を示した。結構な額だ。相手がオリハルコンだということを考えても、加工賃としては破格と言っていいだろう。この世界の一般のご家庭なら1年くらい食っていけそうだ。


 王国金貨でと断ったのは帝国で流通している帝国金貨とは価値が違ってくるからだ。帝国金貨のほうが大きさがやや大きく、使われている金の純度も高い。

 つまり、貨幣としての価値は帝国金貨のほうが少しだけ上ということだ。オリハルコンの出所を考えれば帝国金貨で支払われてもおかしくないが、そこは王国としてのメンツなんかもあるんだろうな。


「ま、払ってくれるのが確定してるならそれでいいよ」


 俺がそう言うと、一瞬場の空気に冬の気配が戻ってきたように感じたが、それも一瞬で戻った。ヒヤヒヤするな……。

 気を取り直した俺はヒラヒラと手を振って、今度こそ部屋を後にした。


 オリハルコンは大切に箱に収められ、今はリケの手の中にある。箱に入っていては匂いすら感じることは出来ないだろうし、家に戻ればいくらでも(納品されるまでの間は、だけど)見ることができるのだが、貴重な素材とあっては抑えられなかったらしい。

 リケは帰路も御者で、箱すら見れないからな。いや、ちょこちょこ振り返るくらいはできるだろうけどもだ。

 今はやりたいようにさせておこう。


 裏庭に出ると、俺たちを見つけた丁稚さんが、うちの娘達+アラシと駆け寄ってきた。


「おお、今日もありがとうな」


 俺は彼の頭を撫でつつ、小銭を渡した。


「いつもすみません」

「いやいや、正当な仕事の対価……はカミロから出るだろうから、これはうちの娘の大事なお友達へのお小遣い、かな」


 俺がそう言うと、丁稚さんは渡された小銭をキュッと胸に抱くようにした。クルルとルーシーはそんな彼に頭を擦りつける。


「おっ、えらいぞ。ちゃんとバイバイできたな」

「いつもいつも、お利口さんですねぇ」


 そう言って優しい顔で丁稚さんは2人を撫でた。2人が声をあげて喜ぶ。


「それじゃ、また」

「はい、お待ちしてます」


 丁稚さんは大きく手を振る。クルルとルーシーは意気揚々と大地を踏みしめて、先陣を切る。俺の肩にはそっとハヤテがとまる。いつまでもいつまでも、こんな光景が続いてくれると良いのだが。


 クルルに荷車を繋ぐ。皆がそれに乗りこむ。すると、のんびりとしかし力強く荷車が動き出す。

 その荷車には来たときには無かった小さな箱。その中に詰まっている未来に、俺は少しだけ思いを馳せた。


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