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受諾

「ホッとしたよ。断られたらどうしようって」

「まさか」


 俺は少しわざとらしく肩をすくめて言う。


「厄介事なのは確かだがな」


 カミロはそれを聞いて苦笑した。


「そこは悪いと思ってるよ」

「信用しとくよ」


 俺も苦笑気味に笑う。まぁ、この辺はカミロにも立場があることだし、多少の厄介は受けるつもりだった。純粋な友情もなくはないが、ビジネスを考えてもここである程度恩を売っておくのは得だろうし。

 そこを考えなくても、オリハルコンという新しい素材に挑むことができるのは単純にありがたい。

 普通なら一生かかってもお目にかかれるかどうか分からない素材だ。

 いや、うちにはそんな素材が沢山あるにはあるのだが、やはりその中でも知名度ナンバーワンであるものは純粋にワクワクする。


 知名度が高くても、その詳細はなぜか不明というのが厄介なところでもあるんだが。チートでもこうやって見ているだけでは加工法などは分からない。メギスチウムの時がそうだったな……。


「引き受けるには引き受けるが、納期は?」


 前の世界の経験から無茶納期は慣れっこではある(それもどうかとは自分でも思う)が、さすがに無茶すぎるとどうにもならんからな……。


「さすがに来週持ってこいとは言わんが、出来れば2週間後にはお願いしたい」


 加工法から手探りでやっていくことを考えれば、2週間でも随分と無茶なスケジュールと言わざるを得ない。前の世界ならまずスケジュールの延期を打診してからの割増しかな。通ったためしがないが。


「分かった。だが、普段の品の数は減るぞ? そうだな、半分より少ないことはないはずだ」


 俺がオリハルコンにかかりきりになった場合、リケ達にいつもの品々を任せることになる。俺1人分の生産量が減るわけだ。

 しかし、いかに俺がチートで生産能力が高かろうとも家族全員と同じ速度、というわけではなくなった。

 当たり前の話、家族たちも腕が上がっているからだ。嬉しいような、少し寂しいような。


「構わんよ。無理を言ってるのはこっちだからな。1つもなくても良いから、気にするなよ」

「あいよ」


 俺はそう軽く受け答えした。カミロがスッと手を差し出してくる。俺はその手を握った。「商談成立」だ。

 カミロが番頭さんに目をやると、番頭さんは頷いて出て行った。納品物の確認に行ったのだ。


 このあとはいつもの通り、他愛もない話をする。久しぶりにここへ来たが、合間のことはある程度“新聞”で知っているので、ここ2週間ほどの話が中心になる。


 都は基本的には平和である――もちろん、うちの偽物の話以外は、だが――らしい。基本的にはと断りおかれたのは、ちょうど前の新聞が来た後で王国内に結構な大きさの「遺跡」が見つかった情報が流れたらしく、一攫千金を目指す「探索者」達が都に溢れているのだそうだ。


「彼らが偽物を持ってばら撒く可能性はあるのか? 今のルートがバレた事には気がつくだろう?」

「うーん、探索者に任せるのは無いだろうな」


 カミロは横に首を振った。


「持ち込める数には限りがある。だからと言って多くの人間に任せれば、どんどん露呈する危険性が増していく」

「なるほど」


 あちこちから旅をしてくる人達ではあるが、荷物にやたらナイフばかりがあったら怪しいからな。密輸だと思われるかも知れない。

 それを回避するには数を絞るしかないが、そうなると今度は人数を増やす必要がある。

 前の世界に「人の口に戸は立てられぬ」という言葉があるが、100人に1人が情報を漏らすとすれば、100人に任せればそれは確実に漏れるのである。

 実際にはもう少し口が軽いはずで、であればもっと漏れる可能性が高いわけだ。そういう危ない橋は渡らないだろうと、カミロ達は見ているらしい。


 純粋に探索者達が都にいるのは商人達にとっては商機でもあるらしく、今回俺たちが纏めてナイフやらを持ってきたのは助かったようである。


「実は在庫がなくて機会を逃すんじゃないかとヒヤヒヤしてた」

「じゃあ、この後?」

「うん。すぐにでも都に運ぶ」


 カミロは言った。それで少しでも偽物の割合が減ってくれると良いのだが。それでもまだ我慢の時だ。

 最後の一手、それを俺が作るオリハルコンのナイフが担う事になるかも知れない。

 そう思うと、まだ鎚も握らぬ俺の手に僅かばかり力がこもるのだった。

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